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舞-乙HiME the Movie
〜Wind Blume war〜

この物語は、『機動警察パトレイバー2 the Movie』および押井守著『機動警察パトレイバー TOKYO WAR 上下』を下敷きに作成したパロディネタです。


カンボジア、熱帯雨林。
謎の敵勢力と交戦中のラド率いる機械化小隊

部下A「2番と4番、それに5番脚が損傷。走行不能です」
ラド「残りの脚でスレイブを戻せるか」
部下A「やってみます」
ラド「“ゴング”0(ゼロ)より各員。後方に地雷原。その場で停止せよ」
部下B「“ゴング”1(ワン)よりリーダー。前方に目標多数、接近中」
部下A「目標小隊規模、なお増加中」
部下B「警戒、右方向に熱源反応」
部下C「方位040、移動目標」
部下B「距離、1200、移動目標多数。装甲車らしき熱源反応。RPGの射程に入ります」
ラド「“ゴング”より本部。当該勢力の脅威、更に増大中。発砲の許可を要請する」
上官「交戦は許可できない。現在、エアリーズ隊がそちらへ急行中。繰り返す。交戦は許可できない。全力で回避せよ」
ラド「回避不能。本部聞こえるか」
部下B「前方よりRPGらしき熱源」
部下C「イジェクト不能」
部下B「前方よりさらに熱源。なおも増加中」
部下A「脱出できません」
部下B「隊長ー!」

ラドは反撃を試みるが、対戦車ロケット弾の直撃を受け半壊。
機械化小隊は全滅。


ヴィントブルーム、科学研究施設。
最新式ハードスーツ(パワードスーツ)の開発をしている。
重厚な人型機械の中にマイが搭乗している。
隣のオペレーティングルームには、シミュレーションプログラムを操作するミユ。

「Boot OK」
「system normal type LOS standby」
マイ「システム、起動終了」
ミユ「よし。視覚操作モードに入ってください」
マイ「了解。視覚調整よし。下方視界よし。背面視界よし」
ミユ「遊びじゃないですよ、マイ」
マイ「オートバランサー正常作動。下方視界良好。前方、障害物なし」
ミユ「よし、上出来ですよマイ。リセットしてもう一度はじめからいきます」
マイ「了解」


ヴィントブルーム科学技術研究所。
ミユは、マイと自転車二人乗りしている。
目的地は、少し離れたところにある職員食堂。

ミユ「ガルデローベから出向して3ヵ月。大分慣れたみたいじゃないですか」
マイ「全然。ミユさんも着てみればいいんだよあのハードスーツ」
ミユ「着てみましたよ」
マイ「それで」
ミユ「背中や腹の下に目が付いてるみたいで気持ち悪いです」
マイ「でしょ。どうして今までのシステムじゃいけない訳」
ミユ「オトメの能力を再現するにはあれが理想なのです。水中、宇宙空間。オトメの体じゃ入れない場所もあるのです」
マイ「何それ」
ミユ「人間の限界です。それに、この自転車だって、昔は教習所があったのですよ。自動車が貴族だけのもんじゃなくなって何年経ちますか。人間、何にだって慣れてしまうものです」
マイ「でもね」
ミユ「判りました。では、気分直しに例のところへ行きましょう。ね」


ヴィントブルーム科学技術研究所。
GEMによるマテリアライズを研究している別棟。

ミユ「お邪魔します」
研究員「おう。また来たの」
マイ「こんにちは。つい1年前なんだよね。マイスターローブを着てたの」
ミユ「ええ。実際あっという間だったでしたね。今となってはこれもデータ収集用のローブです。マイ、着てみますか?」
マイ「まさか」
ミユ「どうして」
マイ「うまく言えないけど、もういいの。さあ、行こう。急がないと食堂また混んじゃうよ」
ミユ「ああ、そうでした。ご飯ご飯。どうも。お邪魔しました」
研究員「おう」


ガルデローベ、グラウンド。
フランキスカ(投げ斧)による投擲訓練中のコーラルオトメたち。
それを、ビシビシじごいているハルカ。

ハルカ「スカ! どこを狙って撃ってのよこのボケ! グランド5周! コラ! リリエにヤヨイ、ダレてんじゃないわよ! 直線は全力疾走しなさい! ダッシュ! ダッシュ! ダッシュ! 何をヘラヘラしてるかミーヤ! あなただけ5周追加だ! よおし次、行きなさい!」
イリーナ「はい!」
ハルカ「コラ、エルスティン! グランドに汚い反吐をぶちまけるな! あなたも5周追加だ!」
トモエ「先生、質問」
ハルカ「何よ」
トモエ「あの、何故マテリアライズせずに訓練を。ローブを着用して強化すれば98%の命中率と聞いておりますが」
ハルカ「そのマテリアライズが、出来なかったらどうする」
トモエ「はあ? でもマテリアライズシステムによるバグの発生率は0.000000001%ですし」
ハルカ「そのバグが、大事な時に発生したら」
トモエ「いやしかし、そんなケースは万に一つの」
ハルカ「その万に一つに備えるのが私たちの仕事でしょうが、このボケ! グランド20周、行きなさい!」

遠くからグラウンドを眺めるマリアとユキノ。

マリア「まあ面倒見はいいし真剣だし、よくやってるとは思いますが」
ハルカ「気合を入れてけ、投擲用意!」
マリア「アリーナに行く訳じゃないだから」
ハルカ「標的出せえい」
マリア「気合いだの根性だの喚いてみたって、今日日の若い生徒が付いてこないわ」
ハルカ「このヘタクソ! どきなさい、私がやってやるわ!」
マリア「ついでと言ってはなんですが、折角このようなところまで足運んでくれたのです。ヴィントブルーム市警署長として、貴女からも言ってやってくれませんか」

生徒を押しのけて投擲位置に着くハルカ。

ハルカ「いいか。投擲は瞬発力と集中力の勝負よ。根性を入れて撃てば必ず当る。標的出せ! 喰らえ!」

ハルカ、投げ斧を力一杯ぶん投げる。
標的に突き刺さる斧。

ハルカ「まだまだ!」

標的に向かって突撃するハルカ。
右手のハンマーで標的を叩きつぶす。

ハルカ「見たか! 初弾が当ったからって気抜くんじゃないわよ! 止めを忘れるな止めを!」

ユキノ「何やってるんですかハルカちゃん! 苦しい予算の中から調達した備品を、何だと思ってるんです! ただちに退きなさい!」


ガルデローベ、地下研究室。
REM(Reinforceing Enigmatic Matrix)を調整しているミドリとヨウコ。
そこに、パールオトメの一人が現れる。

シホ「学園長〜。すいません、学園長を見かけませんでしたか?」
ヨウコ「ミドリ。ナツキさん見かけなかったかって
ミドリ「ああ? ナツキさんがどうしたって?」
ヨウコ「ナツキさん捜してるんだって」
ミドリ「さっき裏の方へ行くのを見たぞ」
シホ「どうも〜」

ガルデローベ、裏庭の温室。
綺麗にガーデニングされた花たちの手入れに余念がないユカリコ。

シホ「ユカリコ先生、学園長見かけませんでした?」
ユカリコ「ああ、倉庫から竿を持ち出してたから、多分小川です」

ガルデローベ、裏の小川。
退屈そうに、ぼーっと釣りをしているナツキ。

シホ「学園長。学園長」
ナツキ「どうした?」
シホ「マイスターシズルお姉さまから連絡が入りまして、帰園時刻が多少遅れるそうです」
ナツキ「会議押しちゃったのかな、それとも渋滞」
シホ「さあ、そこまでは」
ナツキ「あ、そう。……どうしたの?」
シホ「あの、定刻を過ぎましたので、藤組に待機を引き継いで帰宅しても」
ナツキ「そりゃいいけど、シズルがまだ戻らんしな」
シホ「やっぱ、まずいですよね?」
ナツキ「でも、ま、いいか」
シホ「いいですかね?」
ナツキ「いいんじゃないの。私も残ってることだしさ」
シホ「あはははははっ」
ナツキ「あはははははっ」
シホ「宙組、待機任務終了。明1200(ヒトフタマルマル)より、準待機に入ります」
ナツキ「はい、ご苦労さん」
シホ「じゃ、失礼します」
ナツキ「まったねー。……いい訳ないじゃないの」


ヴィントブルーム、国会議事堂。
演台のシズルが、スレイブの稼働状況とREMを用いた新設部隊について説明している。

シズル「これは昨年終了した都市開発計画、バビロンプロジェクトの工程と、スレイブの稼働状況を表示したものですが、本計画の中枢をなしていたハーム、ローナス間の大突堤の完成から、その稼働数は減少の傾向にあります。その一方、ルメロリア空港第二拡張計画など、地方都市での工事計画の開始ともあいまって、スレイブの拡散の傾向がみられ、スレイブによるトラブルや犯罪も、各地で増加しつつあります。これに対処すべく、ルメロリア、ローナスは、昨年オリHiME隊を新設。さらにゼナ、トルカ、ラーダのオリHiME隊についても現在設置を検討中であります。次に……」

ヴィントブルーム、国会議事堂。
エレベーター内にいるシズルを見て、駆け寄ってくる二人の男性。

タケダ「シズルさん」
シズル「誰か来てるとは思ってはったけど、それにしても久しぶりやね」
タケダ「そりゃないだろ。何度誘っても、ガルデローベに篭もって出て来やしないくせに。マイスターオトメに次いで、学園長代理だって?」
シズル「何を聞いてはったの。ガルデローベそのものが本年度中にも改編されはる、それまでのつなぎどす」
フォーン「昇進は昇進さ。遅すぎた位だよ。ところでどうかな、今夜ラド学校の卒業生が集って一席設けるんだけど。技本の、ランディーやバンクスも来るんだ」
タケダ「今度こそ引っ張って来いって、厳命でね」
シズル「悪いんやけど、今日は遠慮させて頂きます」
タケダ「そんな。ラドさんとのことならもういいじゃないか」
フォーン「おい」
シズル「どの位になるのやろね」
タケダ「PKOから戻ったラドさんが行方不明になってから3年か。ねえ、ラドさん、君にも何にも言わずに」
フォーン「おい、いい加減にしろ」
シズル「一度だけ、帰国した直後に手紙を貰ろたわ。ほんまに堪忍な。今夜から、うちの組が待機任務なんよ。皆によろしくと伝えて」
フォーン「お前が無神経すぎるんだよ」
タケダ「ガルデローベきっての才媛と言われた彼女の、ただ一つの傷か」


ヴィントブルーム、環状通。
車中にてハンドルを握るのはシズル。
ガルデローベに電話するため、ハンドルの裏にある小さなコントロールスティックを操作している。

ミドリ「はいガルデローベ」
シズル「ミドリさん? シズルどす。ようやく終わったわ。そちらの状況は?」
ミドリ「出動要請もなし。静かなもんです」
シズル「ナツキおるかしら」
ミドリ「呼びます? ちょっと時間かかるけど」
シズル「あの人も携帯電話の必要な人やわ。ええわ。今街道に乗った所やから、渋滞がなければ15分程で……早速捕まったわ」
ミドリ「ご愁傷様。まあ留守は任せて、ゆっくり戻って下さい。それじゃ」
ザザ「こちら、ヴィントブルーム交通機動隊です。スレイブが通過します。危険ですので車から降りたり、ドアの開閉は行なわないで下さい。こちら、ヴィントブルーム交通機動隊です」
シズル「移動中の“ロードランナー”へ。こちら、ガルデローベのシズル。応答願います」
ザザ「こちらは交機201。シズルさまですね。研修でお世話になったザザです。どうぞ」
シズル「任務中失礼します。橋の両岸で通行規制の様ですが状況を説明願えますか」
ザザ「ベイブリッジに違法駐車している車に爆弾を仕掛けたと通報がありまして、橋の通過を全面規制。現在処理に向かうところです」
シズル「了解。交信終わり。どうもありがとうな」

ミサイルがベイブリッジを直撃。
橋の中央が黒煙を上げ大爆発。


ヴィントブルームの街頭。
様々な場所のテレビモニターからニュース速報が流れる。

「今日午後5時20分頃、環状3号線のアルマールとヴァンクールを結ぶベイブリッジで、大規模な爆発がありました。死傷者の数など、詳しい情報はまだ入っておりません」
「環状3号線はベイブリッジ爆発直後から全面通行止めになっています」
「爆破予告の占いにより、ベイブリッジは事故当時交通規制が布かれていました。警察では予言の犯人の割り出しを急ぐ一方、一連のテロ事件との関連を調べています」
「爆発の状況とその規模から、大掛りなテロとの見方が強まっています」
「午後10時を回った現在も、首都街道ダリア線の……」
「大掛りなテロとの見方が強まる一方、事故発生時にベイブリッジ周辺でジェットの爆音を聞いたという複数の情報も寄せられており、警察当局はその裏付けを急いでおります」

ヴィントブルームの民放テレビ局。
通常の番組を変更して、報道特別番組が始まる。

「SSNが入手した映像を専門家が分析した結果、この機体はエアリーズ製のAF-16の機体をベースに独自の改良を加え、334年に実戦配備されたヴィントブルーム空軍の支援戦闘機、AF-16Vであるとの見方が有力となってきました。同機はガイネスの二個飛行隊をは始め、全国で130機が配備されており、ヴィントブルーム空軍では事故当時の各機の所在の確認を行っております。
 ベイブリッジ爆破事件とヴィントブルーム空軍の関連について国防省は、空軍内には該当する機体は存在しないとの声明を発表しました。
 ベイブリッジ爆破事件で様々な憶測が飛びかうなか、空軍の関与があったかどうかに論議が集中しています。
 国防省はいわゆるベイブリッジ爆撃事件で、空軍の関与を繰り返し強く否定しています。
 ベイブリッジ爆撃事件に関して政府は特別調査委員会を設置し、真相の解明に全力を尽くすとの見解を示しました。
 この時間は番組を変更して報道特別番組をお送りしております」

テレビモニターに大写しされる戦闘機。


ヴィントブルーム国、ハチオウジの国道。
ワンボックスカーを運転するミユの隣にマイ。
今は路肩に止めている。

マイ「なんか、大変なことになってるね」
ミユ「ベイブリッジですか? ……まあ、これだけの騒ぎですから。本当に空軍が関与してたなんてことになれば、国防省大臣の首が吹っ飛ぶぐらいじゃ済まされないでしょうね。……オカカください」
マイ「いま食べちゃったよ」
ミユ「何で? 一人一つずつ確保したはずです」
マイ「ごめん、あんまり美味しかったから。あたし好きなんだ」
ミユ「私だって好きです!」
マイ「シャケでいいよね、剥いてあげるから。ね、ミユ」
ミユ「何ですか」
マイ「こんな時に、こんなことしていいのかな」
ミユ「そんなこととは、おにぎりのことですか」
マイ「そうじゃなくて……なんだか最近食べてばっかりいるって、そう思わない?」
ミユ「あなた、ひとのオカカ食べておいてよくそんなこと言えますね!」
マイ「あたしたち、まだオトメなんだよね?」
ミユ「私たちがテストを重ねたシステムが、明日のスレイブに搭載されることになるのです。重大な仕事だしストレスも多い。大飯食べてどこが悪いのですか。この間まで現場にいた身とすれば寂しい気がするのは確かですが……。でもどちらにせよ、今回の事件は規模が大きすぎます。政治がらみですし、先行きはともかく今の状況じゃ学園長たちだって動きようがありません」
マイ「あたし、なんだか時々判らなくなるんだ」
ミユ「判らないって、何が?」
マイ「今時分がしてる仕事は何なのか、とか。自分は何をしたいのか……オトメだった頃はそんなこと考える暇もなかったけど」 ミユ「次々いろんなことがあって、それどころじゃありませんでしたから」
マイ「でもさ、あの頃は今自分がやらなきゃいけないことが何なのか、考えなくても判ってたって、そんな気がしない?」
ミユ「マイ、ラジオの音量を上げてください!」
マイ「なんなんだってば!」
ミユ「いいから! それが済んだらデッキのディスクを回してください、急いで!」
?(……ウィスキー……インディア……ノベンバー……デルタ……)
マイ「なんなのこれ?」
ミユ「3日前から毎晩この時間になると流れるようになった不正規電波です。開発部の皆さんの間で話題になって、暇だから解析しようと思って狙ってたんですが、出力が弱いらしくて、街中じゃ捕まらないんです。この辺りでオープンスペースと言っても、そうはないですから」
マイ「それで今日の夜食がおにぎりだったんだ。で、……食券何枚賭けたわけ?」
ミユ「使用無制限のゴールドカード」
マイ「ほんと?」
ミユ「そんなものあると思いますか?」
?(……501……202……302……538……)
ミユ「これは駄目ですね」
マイ「駄目なの?」
ミユ「まあ継続して録音し続ければ、比較することで多少は判ることもあるかもしれませんが、解読なんてものには程遠いです」
マイ「サンドイッチ無駄だったね」
ミユ「無駄でした」
マイ「でもさ……不正規電波なんて珍しくもないのに、なんで皆この電波にだけ興味があったわけ?」
ミユ「知りたいですか? 頭に流れてた単語、覚えていますか?」
マイ「ううん」
ミユ「あれは電波通信なんかで誤認防止に使っている符丁(フォネティックコード)です。それぞれが一つの文字を表しています」
マイ「イロハのイ?」
ミユ「そういうこと……ウィスキーはW、インディアはI……ノベンバー……デルタ……ブラボー……リマ……ユニフォーム……マイク……エコー……ウィスキー……アルファ……ロメオ……オーヴァ!! 判りますか?」
マイ「ウ、ヴィ、ト……何コレ?」
ミユ「これでどうです」

WIND BLUME WAR

マイ「ミユ」
ミユ「何ですか」
マイ「この電波が流れたのって、確か3日前からだって言ってたよね」
ミユ「ええ、それが何か……まさか、……そんな」
?(……321……803……902……501……320……)


ヴィントブルーム、ビデオ編集スタジオ。
カラオケ用BGVの編集をしている男に後ろから話しかけるサコミズ。
男は振り返らずに質問に答える。

サコミズ「で、目撃者の一人が機材に書かれたそちらの名前をおぼえていましてね」
アスワン「おかしいな」
サコミズ「は?」
アスワン「いや確かにあの時うちのスタッフが撮影してましたよベイブリッジ。でもそのディスクはもう証拠品として提出済みですけどね。あんた、本当に警察の人? 昨日の2時頃だったかな。しかし妙な話だね」
サコミズ「どこの署の者か、名乗りませんでしたか」
アスワン「いや。あんたと同じ位本物に見えたけどね」
サコミズ「ディスクを押収する際に、何か書類は」
アスワン「そういうやりとりは発注元とやったらしくて、私が見たのはクライアントからの指示書だけでね。ま、何だって言うなりだからねうちは下請けだから」
サコミズ「コピーとか」
アスワン「オリジナルすら満足に保存できないのに? マスターを納品したら素材は全て潰してしまうのが現状だから」
サコミズ「ところでテレビで放映した例のAF-16の映像、あなたも見ました?」
アスワン「嫌んなるほど見たけど、それが何か?」
サコミズ「押収されたディスク、あれよりは鮮明なんでしょうな」
アスワン「そりゃハイビジョンだからね。安物のホームビデオとは違うよ」
サコミズ「何か映ってましたか? 爆破の瞬間はあったわけでしょう」
アスワン「瞬間というか、ま、直後のもんだね」
サコミズ「あんた見たんじゃないの、その目で」
アスワン「そりゃ見たさ何度も何度も私が編集したんだから。でも納期も迫ってたし、使える絵を探しただけで、何か映ってないかと思って見てた訳じゃないからね。映ってると知ってりゃ見えただろうけどさ。……もしかしたら、何か映ってたのかもしれないな」


ガルデローベ、学園長室
ナツキがテーブルに腰掛けて電話をしている。
側のソファーに座り黙って紅茶を飲んでいるシズル。
それとなく、電話の内容に聞き耳を立てている。

ナツキ「なるほど。そりゃあ確かに気になるな。うん。頼む。面倒かけちゃって悪いけど。 え? またまた。精神的にお返しするよ。それじゃあ、また」
シズル「サコミズさんどすね」
ナツキ「うん。シズルによろしくってさ」
シズル「ナツキ」
ナツキ「はい?」
シズル「またサコミズさんと組んで何を始めたか知らへんけど、動く時は一言言っておくれやす。裏でこっそりいうんはなしにして」
ナツキ「それって学園長代理としての命令?」
シズル「命令なんてしたくあらへん、同僚としてのお願い」
ナツキ「お願いじゃあ、聞かない訳にはいかないか」
ユカリコ「失礼します」
ナツキ「おう」
ユカリコ「あの、学園長にお客さんなんですが」
ナツキ「学園長二人いるけど、どっちの?」
ユカリコ「さあ」
ナツキ「誰なの?」
ユカリコ「さあ」


ガルデローベ、応接室。
広い部屋の真ん中にソファーとテーブル。
ナツキとシズルの対面に黒ずくめの男が座っている。

ナツキ「陸幕調査部別室、のスミスさんね。階級も称号もないんですね」
スミス「まあ色々不都合がありまして」
ナツキ「で、ご用件は?」
スミス「本題に入る前にちょっと見て頂きたいものがありましてね。これなんですが。お願いできますか」

テレビモニターに演歌のカラオケBGVが流れる。

ナツキ「このディスクでいいんですか?」
スミス「いいんです。これで」
ナツキ「この曲、私歌えるわ」
スミス「まあこの辺はどうでもいいんですが。歌いますか」
ナツキ「マイク、ないんだよね」
スミス「じゃ、とばします。この辺です」
ナツキ「惚れて惚れて、泣いて泣いて?」
スミス「いえ、その後です。ああ、雨に濡れながら。ここです」
シズル「どこ!?」
スミス「ほら、右上の。この雲の切れ目のとこ」
ナツキ「ん? んん? ん?」
シズル「どこ? うちには見えへんけど」
スミス「ここですよここ! この黒い鳥みたいな影! 学園長さんはもうお分りの筈だ」
ナツキ「このすぐ後に、ベイブリッジが吹っ飛んだんだ」
スミス「これを踏まえた上で、もう1枚のディスクを見て頂きたい。改竄の余地のないよう作業の過程を全て収録してあります。デジタル技術の驚異って奴ですな。分かりますか?」
ナツキ「あんまり詳しくないんですが、放映された例のディスクの奴とは形が違うような」
シズル「そういえば」
スミス「これでどうです。左が今見たディスクのもの。そして右がテレビで放映されたもの。よくご覧なさい。左が最新型のステルス翼。そしてこれも、ごく最近開発されたベクタードノズル。そしてここからが本題ですが、ヴィントブルーム空軍はこのタイプのAF-16を、装備していない」
シズル「ちょっと待っとくれやす。その前に、どうしてうちにその話を?」
スミス「無論真相究明に協力して頂きたいからですよ。それに最悪の事態に備えて、現場レベルでのパイプをガルデローベとの間に確保しておきたい。もちろんその為には我々の入手した情報は全て提供します」
シズル「最悪の事態とは、どないなことかしら?」
スミス「どうです。ドライブでもしませんか。近場をぐるっと」


ヴィントブルーム、車中。
運転しているのはスミス。
後部座席にナツキとシズルが座っている。

スミス「走る車の中にいると落ち着く性分でね。考えがよくまとまるんですよ。走ることで自らは限りなく静止に近付き、世界が動き始める」
ナツキ「それに移動する馬車内なら話が外に漏れる心配もないか。そろそろ仕事の話、しません?」
スミス「ベイブリッジが爆破された夜、ガザル=ボダでの夜間編隊訓練中に失踪したエアリーズ機がありましてね」
ナツキ「それがさっきのディスクの機体だと?」
スミス「エアリーズ軍自身がそれを認めて報告してきたんですよ。勿論非公式なものですがね。我々には独自のルートがありまして。軍は軍同士って訳です。意外に思えるかも知れませんが、事実を隠して我が国の防衛体制を徒に混乱させるのは、彼らにとっても得策ではないのでね」
ナツキ「でも何故、エアリーズ軍がベイブリッジを?」
スミス「無論彼らに攻撃の意志があった訳じゃない。今回の事件に関して言えば、エアリーズ軍も、そしておそらくはミサイルを発射したパイロットも、被害者に過ぎない」
ナツキ「説明、してくれるよね」
スミス「我々は1年程前からあるグループの内偵を進めていましてね。国防族と言われる政治家や幕僚OB、それにエアリーズの軍需産業。エアリーズ軍内の一部勢力。まあそういった連中の寄り合い所帯です。冷戦終結後、拡大の一途を辿る東エセルの軍拡競争の流れの中で、一向に軍備の増強を図ろうとしないヴィントブルームに対して、彼等は根強い危機感を持っていた。そして、平和ボケのヴィントブルームの政治状況を一挙に覆すべく、彼等は軍事的茶番劇を思いついた。憶えてますかね? 26年前、ヴィントブルームの防空体制と国防意識を揺さぶったMiG-25の亡命騒ぎ。あれの再来ですよ。低空で首都の玄関先に侵攻し、その真白なドアにロックオンのサインを刻んで帰ってくる。そして作戦は見事に成功した。ただ一つ、本物のミサイルが発射されたことを除けばね」
シズル「事故?」
スミス「かもしれないが、それが証明されない限り何者かの意志が介在したと考える方が自然だ。現にその場を離脱したAF-16は、現在に至も帰還していない」
ナツキ「その危ない連中の茶番が、どこかの誰かに利用されたとして、その目的は?」
シズル「ちょっと待っとくれやす。その前に、そこまで判ってはるなら公表してヴィントブルーム空軍への疑惑を晴らへんの。国防省はそのことを」
スミス「勿論知ってるさ。幕僚達は公表を迫っているが、政府はまだ迷っている。第三者の犯罪の可能性といっても、状況から推測しているだけで確たる証拠は何もなし。事故の線で公表したにしても、収拾のつかないスキャンダルに発展することは避けられない。例によって、取り敢えず真相の究明に全力を挙げつつ、事態の進展を見守ろうと、まあそんなとこさ。馬鹿な連中さ。それこそ奴の思う壷だ。現場を無視したこんなやり方が続けば、いずれは」
ナツキ「薮を突いて蛇を出しかねない、か」
スミス「そうなる前になんとしても犯人を押さえたい。協力して貰えるでしょうな」
ナツキ「スミスさん、だったか? 面白いお話だが、それこそ状況証拠と推測だけで、確たるものは何もない。さっきのディスクにしたって、ディスクそのものに証拠能力のないことは、お前自身が証明してみせた訳だし……。やっぱこの話、乗れないな」
スミス「学園長さん。あんたはやっぱり噂通りの人だ。私の人選は間違っちゃいなかったよ。……だが、二本のディスクが二本とも虚構だったとして、吹っ飛んだベイブリッジだけは紛れもない現実だ。違うかね? 座席の背にあるファイル」

シズルが後部座席のファイルと手に取る。
微かに表情が変わるシズル。

スミス「アスワドのラド。例のグループの創立以来のメンバーで、現在所在不明。我々が全力を挙げて捜している、第一級の容疑者だ。ヴィントブルーム軍に関わる者なら、その名前位は知ってると思うが。仕事柄、我々はこの手の人捜しが苦手で。……事が事だけに警察に持ち込むわけにもいかなくてね」
ナツキ「一応私たちも警察みたいなもんなんだけど」
スミス「学園長はあちこちに強力なパイプをお持ちだそうですな。それに、ガルデローベの超法規的活動、いや活躍と言った方がいいのかな、噂は常々」
ナツキ「大変な誤解ですな。おたくと同じ、ただの“公務員”ですよ」
スミス「失礼。私だ。何?」

車が急に交差点を曲がり、後部座席で振り回されるナツキとシズル。

ナツキ「おい! 仮にも現役のマイスターオトメ2名を乗せてるんだからさ!」
スミス「奴の動きの方が速かったよ。爆装したAF-15Vが3機、ガイネスを発進して南下中だ。約20分後に、ヴィントブルーム上空に到達する」


ヴィントブルーム、航空総隊作戦指揮所。
壁面の大型状況表示スクリーンに、国籍不明機(アンノン)を示すオレンジ色の三角形が2つ表れる。
慌ただしくなった指揮所。
当直の先任司令官と同僚の幹部が、国籍不明機の動きに注視しながら要撃管制官に指示をしている。

要撃管制官A「IFF照合。当該機、北部航空方面隊3空8飛行隊所属、AF-15V3機。コールサイン“ワイバーン”。応答なし」
要撃管制官B「エリアH2K1(ホテルツーキロワン)、方位190(ヘディングワンナインゼロ)、高度32000、速度720ノット……なお南下中。間もなく第27警戒群(SS)の警戒空域に入ります」
ドゥガン「ガイネスはどうだ、つながったか」
要撃管制官A「北部作戦指揮所(SOC)をはじめ、各飛行隊とも応答ありません」
バペット「直通回線(ダイレクトライン)で基地の司令を呼び出せ。出るまで続けろ」
ドゥガン「まさか、ガイネスが」
バペット「バカ、そんなことがある訳ないだろ」
要撃管制官A「要撃機、上がりました!」
要撃管制官B「アカチ204より“ウィザード”03(ゼロスリー)、04(ゼロフォー)、レノック303より“プリースト”21(ツーワン)、22(ツーツー)。会敵予想時刻、“ウィザード”2204(ネクストゼロフォー)、“プリースト”2210(ネクストワンゼロ)」
パイロットA「This is Wizard 03. Now maintain angel 32.
     (“トレボー”こちら“ウィザード”03。現在高度32000)」
要撃管制官B「Wizard 03, this is Trebor. You are under my control. Stay 040, maintain same angel.
     (“ウィザード”03、こちら“トレボー”。誘導を開始します。同高度にて040へ)」
パイロットA「Roger.
     (了解)」
要撃管制官A「ワイバーン、なお南下中。以前応答無し」
要撃管制官B「追尾、SS37よりSS27へハンドオーヴァー」
要撃管制官A「“ウィザード”会敵予想時刻修正、2205(ネクストゼロファイブ)
要撃管制官B「Wizard 03, target position 030, range 90, altitude 32
     (“ウィザード”03、目標方位030、距離90ノーチカルマイル、高度32000)」
バペット「部長、会敵してなお応答のない場合は」
要撃管制官B「北空SOC、繋がりました!」
ドゥガン「こちら中空SOC、どういうことなんだ。南下している、要撃機(FI)を、すぐに引き返させろ! 何? 上がっていない!?」
要撃管制官C「ガイネス管制隊は発進を確認していません。8飛行隊に保有機の所在を確認中ですが、回線が不通。ダイレクトラインも輻輳を起こしています」
ドゥガン「北空の飛行隊を、全部確認しろ! 最優先だ!」
要撃管制官C「了解」
バペット「部長」
ドゥガン「IFFコードは確実に変更されているし、外部の偽装は不可能だ。システムエラー?」
バペット「自己診断プログラムが常時走ってるんです。エラーのまま進行することはありえません」
ドゥガン「“ウィザード”、コンタクトはまだか」
要撃管制官A「Target dead ahead 25. Wizard 03, how about contact?
     (目標正面。距離25ノーチカルマイル。“ウィザード”、レーダー探知はどうか?)」
パイロットA「Negative contact. Request target altitude.
     (コンタクトできない……目標高度の確認を乞う)」
ドゥガン「目標は、あとどれ位で首都圏に入る」
バペット「約十分後です」
ドゥガン「アプマートの第一高射群に発令。ただちに迎撃態勢に入れ。それと……大臣に緊急連絡だ」
パイロットA「Trebor. Wizard 03. Negative contact. Bogy dope.
     (“トレボー”、こちら“ウィザード”03。レーダーに反応無し。再度目標の確認を乞う)」
要撃管制官A「Target deadahead 15, heading 190, altitude 32, mach 1.2. Reduce speed.
     (目標正面。……距離15ノーチカルマイル。方位190。高度32000、速度マッハ1.3……“ウィザード”03減速せよ)」
パイロットA「No joy. Negative contact. I say again, no joy. Request target position.
     (補足できない! レーダーに反応無し! ……繰り返す、補足できない! 目標はどこだ!)」
バペット「危険です。一度退避させて、再度」
ドゥガン「時間がない。奴が進路を変えれば、“プリースト”のアプローチは手遅れになるかもしれん」
要撃管制官A「Caution. Almost same position. Same altitude. Please caution.
     (警戒! 同位置! 高度差なし!)」
パイロットA「No joy. Request target position.
     (補足できない! 目標はどこだ!)」
要撃管制官A「Caution. Wizard. Caution.
     (警戒せよ! “ウィザード”、警戒せよ!)
      Wizard. Break. Wizard.
     (ウィザード! 退避せよ、ウィザード!!)」
ドゥガン「ベイルアウト……撃墜された?」
バペット「まさか」
要撃管制官B「目標、変針します。方位210、降下しつつ増速中!」
要撃管制官A「“プリースト”接近、距離20マイル!」


ヴィントブルーム空港管制室。
空軍機の襲来にあわてふためく管制官たち。

管制官A「なんだこれは?」
管制官B「どうなんだ?」
管制官C「こっちにくるぞ」
管制官A「ニアティルブから連絡のあった奴か。無茶しやがる」
管制官C「まさか、ベイブリッジの続きじゃ」
管制官B「冗談じゃねえ」
管制官A「アプローチに入った便を除いて、着陸待ちは全て上空待機だ。高度に注意しろ」
管制官C「国内線はルメロリアにまわせ。急げ!」

出発ロビーのフライトインフォメーションボードの表示が次々消えていく。

アナウンス「ただいま上空の天候が不安定なため、全ての到着便ならびに出発便の変更を行っております。いましばらくお待ち下さい」


ヴィントブルーム、航空総隊作戦指揮所。
状況はなお進行中のスクリーン。
オレンジの三角形は、じわじわ首都へ近づいていく。

要撃管制官B「アラム上空を通過。高度4000まで降下、方位250……なお西進中!」
要撃管制官A「“プリースト”、レーダーコンタクト! “ワイバーン”を捕捉しました!」
要撃管制官B「高度3500、約60秒後に首都圏に到達!」
ドゥガン「武器の使用を許可する」
バペット「しかし」
ドゥガン「人口密集地に入る前に落とせ!」
要撃管制官A「Priest 21, this is Trebor. Clear fire. Kill Wyvern.
     (“プリースト”21、こちら“トレボー”。武器の使用を許可する。“ワイバーン”を撃墜せよ)」
パイロットB「Trebor. Say again.
     (“トレボー”、もう一度言ってくれ)」
要撃管制官A「I say again. Kill Wyvern.
     (繰り返す、ワイバーンを撃墜せよ)」
要撃管制官B「……首都圏到達まで、あと30秒!」
ドゥガン「“プリースト”どうしたッ!」
要撃管制官B「残り25秒!」
ドゥガン「“プリースト”21! 奴は本気だ、ベイブリッジを繰り返させるな!」
パイロットB「……Roger. Kill Wyvern.
     (……了解。“ワイバーン”を撃墜する)」
パイロットA「……s is Wizard 03. Request order. This is Wizard 03.
     (……ちら“ウィザード”03……指示をお願いします……こちら“ウィザード”03)」
要撃管制官B「“ウィザード”から送信です!」
ドゥガン「“プリースト”21待て!」
要撃管制官B「Wizard, Wizard 03, this is Trebor. Are you normal ?
     (“ウィザード”! ……“ウィザード”03、こちら“トレボー”。無事か?)」
パイロットA「Trebor, this is Wizard. Ah, we have heavy jamming, and now lost position.
     (“トレボー”、こちら“ウィザード”03。強力な通信妨害にあった模様。現在位置を見失った。)
      Request further instraction. I say again, request order.
     (指示を乞う。……繰り返す、指示を乞う)」
要撃管制官A「IFF照合。アカチ“ウィザード”03、04。確認。周辺空域に不明機(アンノン)なし」
ドゥガン「“プリースト”、攻撃を中止せよ」
要撃管制官B「攻撃中止!」
ドゥガン「“ワイバーン”が、消えた」
要撃管制官B「要撃機(FI)が指示を求めています」
ドゥガン「警報解除。“プリースト”帰投せよ。“ウィザード”も帰投させろ」
パイロットA「This is Wizard 03……Lost position……Request order. ……This is Wizard 03
     (こちら“ウィザード”……現在位置不明……指示を乞う。……こちら“ウィザード”)」


ヴィントブルーム国立水族館。
巨大な水槽を前に、ナツキとスミスが密会している。

スミス「もともと空軍のバッジシステムはその性格上閉鎖システムとして設計されていたんだが、政治的判断やら、安全保障体制への建前やら、色々あってね。結局在ヴィントブルームのエアリーズ軍基地ともリンクしているのが現状だ。あんた聞いてんのか?」
ナツキ「その代償が、例のスクランブル騒ぎってことだろ」
スミス「犯人はアルタイにある情報サービス会社のゲイトウェイから、エアリーズの大学のネットを経由して在ヴィントブルームのエアリーズ軍基地のシステムに潜り込み、ドルトムントSOCのメインフレームを通して、幻の爆撃を演出してみせた。そういう仕掛けさ……。奴らが中継していたコンピュータから吸い出したデータに、その痕跡が発見されたよ」
ナツキ「原理的には可能でも、実際問題としてできるのか、そんなこと?」
スミス「防空司令所の連中が賢明に追尾した3機の“ワイバーン”は、SOCのスクリーンには表示されていたが、アラムやドミナコントロールのレーダーに映っていたのは4機の要撃機だけだった。首都を目指していて飛んでいた攻撃機がただの幻だった。それが何よりの証拠さ。現行のバッジは320年に旧システムを一新したものだが、処理速度の向上を図って去年ソフトを書き替えたばかりでね。その計画に関わった技術者の中に、奴等のシンパがいたのかもしれん」
ナツキ「今回も真相は公表されずじまい、か」
スミス「政府も国防省もバッジにハッキングされたなんてことは公にしたくないしな。調査委員会の報告が提出されるまでの間の暫定的措置として、ガイネスの各飛行隊に飛行禁止命令が出たのは知ってるだろ」
ナツキ「確かに飛ばない限り偽装しようがないが、一般の目には疑惑を肯定したとした映らんだろうな」
スミス「理不尽な話さ、またしても泥を被るのは現場だ。それに真相を解明する前に次の状況に移るとしたら……」
ナツキ「事実そうなったしな。ラドについて他には」
スミス「ラド学校のことは」
ナツキ「概略位はね。……多目的歩行機械運用研究準備会、だったかな。スレイブの軍事的価値に逸早く注目し、様々なシュミレーションモデルによってその有効性を実証。ヴィントブルーム軍技術研究本部とアスワドとの連携に多大な成果を挙げた。会の中心人物の名前から通称、ラド学校。PKOへスレイブの派遣が決まった時、彼が志願したのは自分の理論を実践してみたかったからなのかもしれんな」
スミス「スレイブの運用に最も向かない高温多湿の熱帯雨林で、十分なバックアップもなしに単独で投入され機械化部隊がどうなるか、彼が一番よく知っていたさ」
ナツキ「それでも彼は行った。何故だ?」
スミス「その前に。マイスターオトメになる直前、レクチャーを受けるために学園から一人のオトメ候補がラド学校に派遣された」
ナツキ「シズル、か」
ユージン「彼女はラド学校の優秀な生徒であり、そしてラド本人の最高のパートナーだった」
ナツキ「まあ、ちょっとした不祥事があって、記録には残ってないけどね。立場がどうあれ男と女だもの、……そういうこともあるさ。彼に妻子がなければそれで済んだかもしれんがね」
スミス「調べたのか」
ナツキ「当時学園にいた者なら、誰でも知ってるさ。私みたいな女でもね、同僚の過去を調べるなんざ、願い下げだ」
スミス「同僚ね。まあそういうことにしておこうか」
ナツキ「ガルデローベってとこはそういうのに煩いからね。本来ならマイスターオトメとして大国のエリートコースを歩む筈だった彼女が、ヴィントブルームの端に島流し……。ラドがカンボジアに行ったのはそれが理由なのかな?」
ユージン「さあな……そんなロマンチックな動機だとしたら、とんだお笑いだ」


ヴィントブルーム国立水族館外の水上バスターミナル。
ガルデローベから来たパールオトメが、高速艇で出迎えに来る。
手をふるパールオトメ。

シホ「学園長ー!」
スミス「しかし派手だな、あんたたちの制服は」
ナツキ「年寄りには酷な制服さ。私服のお前が羨ましいよ」
スミス「なに。これはこれで苦労があるのさ、地味ならいいってもんでもなくってね。敵とは異なっていながら、しかも目につきにくい服装ってのは難しいもんさ。俺の仕事では、それが特に重要でね」
ナツキ「なるほど。んじゃ。ねえ。奴の最終的な目的って何なのかな。奴さん一人で戦争でもおっ始めようってのか」
スミス「戦争だって!? そんなものはとっくに始まってるさ。問題なのはいかにケリをつけるか……それだけだ」

スミス「な、クルーガーさん、オトメとして軍人として、俺たちが守ろうとしているものってのはいった何なんだろうな。前の戦争から半世紀、俺もあんたも生まれてこのかた戦争なんてものは経験せずに生きてきた。……平和、俺たちが守るべき平和。だが、この国の、この街の平和とはいったい何だ? かつての総力戦とその敗北、エアリーズ軍の占領政策、ついこの間まで続いていたオトメ抑止による冷戦とその代理戦争。そして今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争……。そういった無数の戦争によって合成され支えられてきた血まみれの経済的繁栄。それが俺たちの平和の中身だ。戦争への恐怖にもとづくなりふりかまわぬ平和。その対価をよその国の戦争で支払い、そのことから目をそらし続ける不正義の平和……」
ナツキ「そんなキナ臭い平和でも、それを守るのが私たちの仕事さ。不正義の平和だろうと、正義の戦争よりはよほどマシだ」
スミス「あんたが正義の戦争を嫌うのは良く判るよ。かつてそれを口にした連中にロクな奴はいなかったし、その口車に乗って酷い目にあった人間のリストで歴史の図書館は一杯だからな。……あんたは知っている筈だ。正義の戦争と不正義の平和の差は、そう明瞭なものじゃない。平和という言葉が嘘つきたちの正義になってから、俺たちは俺たちの平和を信じられずにいるんだ。戦争が平和を生むように、平和もまた戦争を生む……。単に戦争でないというだけの消極的な平和は、いずれ実体の戦争によって埋め合わされる……そう思ったことはないか? その成果だけはしっかり受け取っていながらモニターの向こうに戦争を押し込め、ここが戦線の後方であることを忘れる、いや忘れた振りをし続ける……。そんな欺瞞を続けていれば、いずれは大きな罰が下される、と」
ナツキ「罰? 誰が下すんだ、神様か」
スミス「この国では誰もが神様みたいなもんさ。いながらにして、その目で見その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る……なにひとつしない神様だ。神がやらなきゃ人がやる……。いずれ分かるさ。俺達が奴に追い付けなければな」


ガルデローベ、執務室。
帰ってきたナツキは、誰かと電話をしているシズルを見る。

シズル「それは十分分かっております。はい。ですからそういうことでは……しかし長官!」
警察庁長官「だからこそ我々としても万一に備えて可能な限りの対応をせねばならんのだ。これは大臣の命令でもある。改めて命令する。明朝7時よりガルデローベはその総力を挙げ、所轄の警察署及び第4機動隊と共にアインシュタット駐屯地の警備に当たりたまえ。以上だ」
ナツキ「出動するつもり? シズル?」
シズル「ガイネスの各飛行隊に飛行禁止命令が出たんは知ってはるよね。今から30分前、抗議のため車でヴィントブルームに向かおうとしたガイネス基地の司令を、カーラ市警が事情聴取のために連行したそうやわ。しかも基地ゲート前で」
ナツキ「あそこの本部長は警備部時代から警視総監の腰巾着と言われてた男だったな。それにしても無茶しやがる。自分の家の玄関でそんな真似をされて、黙ってるかどうか」
シズル「ガイネス基地は、現在外部との交信を途絶して実質的な篭城に入ったそうどす。こんな時にあなたは一体どこをうろついてたんや! 準待機とはいえ無断外出で持ち場を離れ、高速艇の迎えまで出させるなんてどういうつもりや。裏でこそこそ動かないと言うてた私との約束なんかどうでもええってことなんやね」
ナツキ「ゴメン! ……この通り! でもさ、あのスミスに会いに行くと言ったら許可してくれた?」
シズル「する訳がないやろ。あんな男! それに、よりにもよってこんな情勢下に、ヴィントブルーム軍のそれも情報関係の人間とマイスターオトメの人間が密会するなんて」
ナツキ「こんな情勢だから会う必要があるんだけどな」
シズル「何ですって!」
ナツキ「ねえ、落ち着いて考えてご覧よ。今私たちが何をすべきなのか。それぞれの持ち場で何かしなくちゃ、何かしよう、その結果が状況をここまで悪化させた。そうは思わないか?」
シズル「でも、万一の事態に対応できるようにやれるだけのことはやっておく必要が」
ナツキ「万一の事態って、一体何だい? 誰もがまさかと思い、同時にもしやと疑いを否定できない。あのベイブリッジ以来ね。この間のスクランブル騒ぎがいい例さ。ニアティルブの防空司令は撃墜命令まで出しちゃったって言うじゃない。あの狸親父この機会に点数を稼いで警察庁の権限を拡大しようって腹だろうが、こんな情勢下に警察がその矛先を軍隊に向けたらどうなるか。ラドって男、もし今回の事件の首謀者だとしたら大した戦略家だ。僅か一発のミサイルでこれだけの状況を作り出し、しかもなお事態は進行中だ。やっぱり明日の出動やめようよ」
シズル「私だって行きたないわ。でも内務大臣の正式な出動命令なんよ」
ナツキ「うちの宙組、動かないよ」
シズル「ガルデローベ学園長代理として命令することもできるんよ」
ナツキ「してみれば、命令」
シズル「結構。では藤組もこれより独自に行動します。私もたった今から学園長室の方へ移りますから」
ナツキ「いや、あのしかし、ナツキ?」
シズル「私物は後で取りに参ります。失礼」
ナツキ「そんな……ちょっと……ねぇ。んなことしたって、私絶対に行かないんだからね!」

しばらく黙ってストーブに暖まるナツキ。
耐えきれず、内線を掛ける。

ナツキ「…………あ、シズル? ……私だけど。……ウン、気、変わった。いま変わった」


ヴィントブルーム、アインシュタット駐屯地前。
ゲート前に陸軍の機械科小隊と警察の機動隊が対峙している。

「……こちらアインシュタットにある陸軍第1師団の駐屯地です。実質的な籠城に入ったガイネス砦に呼応し、各地の軍駐屯地でこれに同調する動きが見られるなか、首都に駐屯するここ第1師団でも同様の動きがあるとの情報にもとづき、今朝警察庁第4機動隊およびガルデローベが警戒出動。これに反発する陸軍との間に無言の睨み合いが続く異常事態となっております。このような事態はここだけでなく……」
「……今回の警備出動の法的根拠をめぐって政府内にも批判が出る一方、国防省は抗議行動中の部隊に対する説得を続けていますが、軍内の不満には根強いものがあり、静観を守る海軍を除いて、こうした行動は陸軍各基地から他の空軍へと急速に広がっており、このまま事態が長期化すればシヴィリアンコントロールの崩壊に繋がる恐れもあるとの見方も……」

機動隊の後ろで、のんきにおにぎりを食べているのはナツキ。
他のパールオトメたちも雑談をしている。

タイガ「おい。君のオトメはマテリアライズしていないそうだがどういう訳だ」
ナツキ「は?」
タイガ「オトメだ。何故制服のままなんだ。訳を言いたまえ」
ナツキ「ああ、これですか。故障であります」
タイガ「何、故障? ガルデローベのパールGEMは故障するのか。嘘をつくな」
ナツキ「本当です」
タイガ「よし。だったら立っているだけでもいい。マテリアライズさせたまえ」
ナツキ「お言葉ですが……。なにせ故障中ですので万一マテリアライズが解けるようなことがありますとテレビを通じて全国にヴィントブルームの恥を晒すことになりますが、それでもやります?」
タイガ「これは現場指揮に対する明白なサボタージュだ。警備部長に報告する。覚悟しておけ」

ナツキの車から車内電話が鳴る。

ナツキ「……はいナツキ」
スミス「俺だ。テレビで拝見してるよ。宮仕えは辛いってとこか」
ナツキ「子分の勇み足で引っ込みがつかなくなって、頭に血が上ったのさ。馬鹿な親分の下にいると苦労するよ」
スミス「こちらも同じさ。悪い軍隊なんてものはない。あるのは悪い指揮官だけだってね。各地の篭城の責任を取るってことで、陸、海、空の幕僚長が一斉に辞任したよ」
ナツキ「本当か?」
スミス「30分程前だ。じきに報道されるさ。連中これで天下晴れてベイブリッジの一件をばらすつもりだが、遅すぎたよ。ここまでこじれた後じゃな。エアリーズ軍が掌返せばそれまでだ。真相を公表するタイミングを逸しただけでなく、事態を収拾するチャンネルも消えちまった。また一つタガが外れたのさ。おい。聞いてるのか」
ナツキ「ああ。聞きたくなくなってきたがな」
スミス「聞いて貰うさ。ここからが本題なんだ。政府は自分達のことは棚に上げて、ここまで事態を悪化させ警察庁を逆恨みしている。頼るに値せず、ってな。で、シナリオは変えずに主役を交替することにしたって訳だ」
ナツキ「おい。まさか……」
スミス「そのまさかだ。舞台はミスキャストで一杯。誰もその役を望んじゃいないのにな。素敵な話じゃないか。これが俺たちのシビリアンコントロールってやつさ。ラドは3年前自分の部下を死なせたのと同じルールで今度は俺たちがどんな戦争をするのか、それを見たがっているのかもしれんな」


ヴィントブルーム上空。
ヴィントブルーム軍の治安出動が始まる。
上空から出動した部隊の様子を伝える偵察ヘリのコパイロット。

陸軍偵察隊「“ヤタガラス”より“タカマ”。“カムヤマト”の通過を確認。送れ」


ヴィントブルーム、民放テレビ局。
ヴィントブルーム軍の治安出動に各局が緊急放送を始める。

アナウンサー「ヴィントブルームおよび近辺の視聴者の皆さんに、これから緊急放送をお送りします。テレビの近くにいる方はできるだけ多くの方に声をかけ、放送をご覧になるようご協力をお願いします。先程ノエル内閣官房長官は緊急記者会見を行い、首都圏の治安を維持し予測される最悪の事態に備えるため、ヴィントブルーム陸海空軍の内の信頼の置ける部隊に出動を要請したと発表しました」

アナウンサー「今回の要請についてノエル長官は次のような政府の公式見解を表明しました。一連の軍関連事件について十分な検討を行なった結果、最早現在の警察力のみでは予測される最悪の事態に対応できないという判断に基づくものであり」

アナウンサー「その活動も現行法の範囲に限定され、出版や放送の検閲・予防検束などの実施はあり得ないと繰り返し言明しており、従ってこれはいわゆる治安出動にはあたらないとの見解を示しております」


ガルデローベ、レクリエーションルーム。
ローラル、パールのオトメ候補生だけではなく、マリアとハルカも集まってテレビに集中している。
興奮して立ち上がろうとするハルカ。
それを諫めるマリア。

アナウンサー「この決定を受けて現在配備が進んでいる部隊は、陸軍東部方面隊」
マリア「座っていなさい」
ハルカ「しかし先生!」
マリア「いいから、座ってなさい!」


ヴィントブルーム、コンビニエンスストア。
ミドリの後輩たちが、夜食の買い出し中にラジオのニュースを聞いている。

アナウンサー「第1師団第1歩兵連隊、同第31兵連隊、同32歩兵連隊、同第1特科連隊、同第1戦車大隊、同特科教導隊、同戦車教導隊、同歩兵教導隊、同東部方面第1飛行隊、第106通信運用大隊、第1機甲教育隊、およびガイネス教導団特科教導隊、同戦車教導隊……」

買い出し係のパールオトメの携帯電話が鳴る。

パールオトメA「はい、こちら買い出し部隊」
ミドリ「私だ。いいか、よく聞きなさい。たった今からあなたたちらは買い占め部隊だ。その店の食い物をありったけ買ってきなさい。今増援部隊を送ったわ」
パールオトメA「了解! 直ちに買い占め、突入します!」
ミドリ「かかれ!」

2人のパールオトメが、おにぎりとパンの買い占めにかかる。
そこに、増援部隊が訪れる。

店員「いらっしゃいませ」
パールオトメA「ああ、ヨウコ先輩」
ヨウコ「馬鹿もの! こんなところで何をじたばたしているの! ピクニックに行くんじゃないのよ。ちょっよは保存ってことを考えなさい。倉庫よ。倉庫へ行ってラーメンを箱で買いなさい、箱で! そこのお兄さん。この店の食べ物は、たった今ガルデローベ技術班が買い切ったわ!」

ヨウコと一緒に来たパールオトメが、レジの上に重そうなヘルメットをゴンッと置く。
入っているのは、大量の小銭とほんのちょっとの紙幣。


ガルデローベ、研究室。
マイスターGEMやREMを戦闘用に調整するように急がせるミドリ。

ミドリ「強攻着装型スレイブのチェックだ! 予備のマイスターGEMもフォーマットにかかれ! ガルデローベ技術班はこれより24時間の臨戦体制に突入する! 長期戦に備えよ! 今日からはトイレットペーパーも一人一回15センチまでだ!」
ナツキ「ミドリ。……ミドリってば」
パールオトメB「来たぞォ〜〜ッ!」
パールオトメC「90式に、コマツの2式もいるぞ!」
パールオトメD「そうかァ、あれが93式キャリアかァ!」


ガルデローベ、学園長室。
テレビは、治安出動している部隊を上空から映している。
窓際に佇んでいるナツキとシズル。

シズル「どうなるんやろ、これから?」
ナツキ「家主もし盗人いずれのとき来たるかを知らば、その家を穿たすまじ。汝らも備えおれ。人の子は思わぬ時に来たればなり……馬鹿な決定をしたもんさ。都内に入る部隊にラドの息のかかった部隊が紛れ込んでいたとしたら、門を開けて盗人を招き入れるようなもんだ。同じ装備に同じ服、敵味方の区別なんて誰にも判りゃしないよ。いや……もしかしたら彼等自身にも」


ヴィントブルーム上空。
偵察ヘリから、広い公園にテントを展開して仮設基地が作られている。

「“ヤタガラス”より移動。“オオトリ”1および2“タカマ”到着確認。送れ」
「移動。“オオセグロ”208集合。“セグロ”4、および5、220、10。送れ」


ヴィントブルーム、治安出動後の様子。
何事もなかったように、電車やバスで通勤、通学する人々。
しかし、街のあちこちに兵士が立ち、戦車や装甲車が配置されている。


ヴィントブルーム西の郊外。
丘の上から民間航空会社を見ながら、肩で携帯電話を挟んで話しているサコミズ。
手は、双眼鏡を調整している。

ナツキ「はい、ガルデローベ」
サコミズ「ナツキさん?」
ナツキ「ああサコミズ。元気?」
サコミズ「元気じゃないが、まあ取り敢えず息災ってとこかな。そっちの様子はどうだい」
ナツキ「今んところ平静だけどさ、都内に入った部隊の中にラドが息のかかった部隊が紛れ込んでるとすりゃ、何時何が起こってもおかしくない状況さ。今どこ?」
サコミズ「ヴィントブルームの郊外。ニュー・エンパイア・エアラインって飛行船会社を張ってるとこさ」
ナツキ「飛行船? 何だいそりゃ」
サコミズ「スミスの資料にあった連中の公然組織、東亜安全保障って会社を洗ってたら浮かび上がってね。ダミーを介してだけど、1年前に倒産寸前だった会社を買収して経営者も送り込んでる。半年前にエアリーズ製の飛行船を3機購入。こないだから都内を飛び回ってるだろ。ちょいと気になっててね」
ナツキ「あれか。しかしよく調べたね」
サコミズ「犯罪の陰に女と金。女は専門外なんで、金の流れを追いかけたのさ。お偉いさんたちはラドの暴走に恐れを為して店畳んじまったが、銀行や税務署の記録は消せないからね」
ナツキ「んなもの、どうやって見たの」
サコミズ「営業上の秘密て奴さ。ま、軍人さんには無理だけどな……と。いたいた……どう見てもカタギにゃ見えないのが、やばそうなのぶら下げてる」
ナツキ「剥き身で? 大胆だねどうも」
サコミズ「それと、例のベイブリッジ爆撃の一週間程前だが、この会社相当大きな買物してるぜ。何だか分からんが同じものを三つ。凄え金額をエアリーズに送金してるよ」
ナツキ「また三つか。戦略級スレイブでも買い付けたかな」
サコミズ「さあね。ここはファラータからも近いし。エアリーズ軍経由なら税関もノーチェックだからね」
ナツキ「直接、調べるしかないね」
サコミズ「まさか、潜り込めってんじゃないだろうね」
ナツキ「サコミズ……都内に入った部隊は数日と持たないよ。政治家はご存じないだろうが、軍隊ってのは確たる目的を持たなきゃ自分でボロボロになっちまうもんなんだ。何の為に何を守るのか……いま雪の中に立っているひとりひとりがその事を考えているはずさ。ラドはその疑問につけ込もうとしているんだ。事を起こすとすれば、明日か明後日。私たちには時間がないんだ」
サコミズ「スミスがそう言ったのかい」
ナツキ「え?……やだなサコミズ、どうして知ってんの」
サコミズ「な、ナツキさん。たまには自分でやってみちゃどうだい」
ナツキ「だって、私ここを動けないもん」
サコミズ「私だってフリーで侍やってる訳ないんだ。今ここに、こうしていること自体、バレりゃ懲罰もんなんだ。ここで殺されたって殉職扱いにもならなんだ! ここで私がホトケになったら、残された女房の面倒、あんたが見てくれんだろうな!」
ナツキ「んな大袈裟な」
サコミズ「言ったろ、それっぽいのがライフルをぶら下げて……」
ナツキ「護身用にナイフくらいもってんでしょ」
サコミズ「あんた持ってるかい」
ナツキ「私、持たない主義だから」
サコミズ「奇遇だな。私もだ」
ナツキ「……大変なことになるんだよ。今度は間違いなく、ベイブリッジどころじゃないことが起こるんだ。警察として、そんなこと許せるの?」
サコミズ「スミスに言って、兵隊動員して包囲でもなんでもしたらいいじゃないか」
ナツキ「そんな派手な真似やらかして、奴らがヤケ起こして戦闘でも始まっちゃったら、それこそ藪蛇じゃない。ここは、警察の手で、……私たちの手でやるしかないんだ!」
サコミズ「私の手だろ」
ナツキ「だからさ……」
サコミズ「やりゃいいんだろ、やりゃ」
ナツキ「じゃ、頑張ってね。この借りはいずれ精神的に」
サコミズ「いらねえよ。……それより、ナツキさん」
ナツキ「はい?」
サコミズ「恨むぞ」

丘を降りて、金網に近づくサコミズ。
しゃがんでコートからバールを取り出して金網を切る。

サコミズ「……器物破損。住居不法侵入。多分窃盗。もしかしたら暴行障害。冒険者のやることじゃねえなあこりゃあ」


ヴィントブルーム、ニュー・エンパイア・エアライン社の防犯カメラの映像。
挙動不審に室内をキョロキョロするサコミズ。
手近なコンピュータからディスクを取り出す。
サコミズはすぐに室内から出た。

「動きが素人だな。こそ泥か」
「いや、どっかで見たような」
「そうか。例のガルデローベのナツキ・クルーガーって学園長とつるんでるヴィントブルームの捜査課の刑事だ」
「消すか」
「無用な殺生は可能な限り避けろとのお達しだ。眠らせて放り込んどけ。どうせもう何をする時間もないさ」
「やれ」

男に背後からパイプで殴られるサコミズ。


ヴィントブルーム、シズルの自宅。
ガルデローベに長期滞在するための荷物を取りに来たシズル。

シズル「私に?」
メイド「どうしても今夜の内に連絡を取りたいとかで、学園の方に電話したらこちらに向かった後だったからって」
シズル「判ったわ。ありがとう」
メイド「お食事は」
シズル「書類と着替えを取りに来ただけで、すぐ戻るから」

シズルが、自室の電話で相手先にかける。

シズル「もしもし。シズルと申しますが」
?「元気そうだな」 シズル「!」 ?「モーゼル川の第13係留所に船を待たせてある……一人で来てくれ」


ヴィントブルーム、深夜のモーゼル川。
川岸に車を止めるシズル。
無意識のうちに右手が右耳のピアスに触れる。
シズルを乗せた船が川を遡る。
周りに人気は全くない。
川上から一艘の船が向かってくる。
フードを目深に被った男が船首に立っている。

シズル「止まりなさい!」

マテリアライズしようとするシズル。
離れていく男の船。
男はフードを取って顔を見せる。 完全に義体化された頭部である。
ハッとなるシズル。

スミス「止せ。この暗さでは無駄だ。上の班に連絡して、地上から追わせろ。ライトを消せ。……やはり女か」
シズル「どうしてここを」
スミス「人は敵意でなく善意ゆえに通報者になる。子供のためなら何でもするのが親だ」
シズル「あの人が、あなたに」
スミス「あいにく俺はあの手のご婦人が苦手でね。意外な人間に人望があるものさ」
ナツキ「……」


ヴィントブルームの郊外、早朝の砂漠。
長距離輸送用の大型カミオンが、岩陰で止まっている。
運転手は、外で愛犬と一緒に朝ご飯の準備中。
愛犬が遠くを見ながら吠え立てる。

愛犬「ワンっ!! ワンっ!! ワンっ!!」 カミオン運転手「どした」
カミオン運転手(野犬でも見つけたか? ヴァルチャー……にしちゃ様子が違うが)
愛犬「ワンっ!! ワンっ!! ワンっ!! ワンっ!! ワンっ!! ワンっ!!」 カミオン運転手「うるせぇぞ、ガブ!」

砂漠の中央、巨大なキャリアーから三機の攻撃ヘリAH-88A2“ヘルハウンド”が飛び立つ。


ヴィントブルーム、西の郊外。
民間航空会社の一室に閉じ込められたサコミズ。
目を覚ましたサコミズは、窓から飛行船が飛び立つのを見る。
立ち上がろうとして、手に手錠を掛けられ柱に繋げられている事に気づく。
無理やり柱をブチ折って社屋から脱出するが、移動に使った車はメチャクチャに破壊されている。

サコミズ「電話はどこだ!」


ヴィントブルーム、郊外の上空。
偵察ヘリが、未確認の攻撃ヘリを確認する。

「前方を飛行中の編隊へ。攻撃ヘリの出動要請は出ていない。所属、官姓名を名乗れ。繰り返す、攻撃ヘリの出動要請は出ていない」
『“ゴング”0より各機。時間だ……状況を開始せよ』
『了解。状況を開始する』
「おい、今のは何だ? ……状況って何だ!」


ヴィントブルーム、警察庁会議室。
上座に警察庁長官が座り、右隣に警視総監。
その左右をその他官僚たちが固めている。
下座にナツキとシズル。
背後にヴィントブルーム市の地図。

警備部長「早朝にも拘わらず警察庁幹部を緊急召集したのは他でもない。現今の情勢下に警察としてその任務を全うするにあたっていかなる方針で臨むべきか。それを討議する為である。状況が状況であるので、今日は特にマティウス警察庁長官の列席をお願いした。が、その前に、今朝未明ローナス交通機動隊に対しガルデローベ学園長代理をもって出動要請がなされた。マイスターシズル。これは一体どういうことか」
シズル「……その前に、ここにお集まりの方々に申し上げたい」
警備部長「君の意見などを求めてはおらん! 警備部長である私の承諾も得ず、これは全くの越権行為だ。君の行なったことは警察内部の秩序を乱し、しいては社会に無用の混乱を招く軽率な行動だったとは思わんのか」
シズル「では確たる根拠も具体的な要請もなしに行なわれたアインシュタット駐屯地への警備出動や基地司令に対する予防検束に等しい不当な拘束は、軽率ではなかったのか。今回の非常事態を招いたそもそもの原因は、一連の事件によって醸成された社会不安に乗じ上層部内の一勢力がその思惑を性急に追求したことにあることは、ここにいる全員が承知の筈です」
警備部長「貴様」
マティウス「シズル君。警察内部に一種の政治的策謀があったとする君の発言は聞き捨てならんが……上層部内の一勢力とは一体誰のことかね?」
シズル「ご自分の胸に聞かれてはいかがどすか」

ナツキのポケットから携帯電話が鳴る。

ナツキ「ちょっと失礼します」
警備部長「あっ、こら」
マティウス「放っておきたまえ」


ヴィントブルーム、警察庁会議室外の廊下。
会議室の扉の両サイドにいる警官から離れ、トイレの側まで行く。
誰もいないのを見て、通話に。

スミス「クルーガーさん? ああ、やられちまったよ。それより15分程前だが、所属不明の“ヘルハウンド”が三機、爆装してヴィントブルームの上空を飛んでる」
ナツキ「本物なのか」
スミス「スカウトヘリのパイロットが肉眼で確認してる。今度はやる気だ」
ナツキ「目標は? 一体どこを狙うつもりなんだ?」
スミス「きまってるだろ……ヴィントブルームさ。短いつきあいだったが、それなりに楽しかったよ。じゃあな」
ナツキ「ちょっと待った。頼みがある」
スミス「聞く義理はないと思うが。あの時彼女が撃っていりゃ……」
ナツキ「おまえ、そのことで彼女を売ったろ。帳消しにしてやるよ」
スミス「何の話か判らんが、聞くだけは聞いてやる。言ってみろ」


ガルデローベ、教室棟。
地下研究室から出て来たミドリが、歯ブラシくわえながら正門を開けている。
遠くから急接近する攻撃ヘリ。
ミドリの目の前で、攻撃ヘリ“ヘルハウンド”がホバーリングする。
巻き上げる風をまともに受けて、酷い顔になるミドリ。
“ヘルハウンド”の20mmガトリング砲が教室棟へ向く。
上空から教室棟の窓という窓へ撃ち込まれる弾丸。
生徒たちが、女子寮の窓から破壊されていく教室棟を呆然と見つめる。
さらに上昇した“ヘルハウンド”は、学園長室に向けて空対地ミサイルAGM-114N“ヘルファイアーII”を2発撃ち込む。
トドメに右翼に搭載された貫通弾頭爆弾を投下。
中庭の噴水を突き抜けた爆弾が、地下研究所を木っ端微塵にする。
ガルデローベは壊滅した。


ヴィントブルーム、警察庁会議室。
シズルと警備部長の口論は続いている。

シズル「首都圏の治安を楯に要らざる警備出動を繰り返して徒に彼等の危機感を煽り、事態をここまで悪化させた責任を誰がどのように取るのか。部内の秩序を論じるならまずそのことを明らかにして頂きたい」
警備部長「国防省内部には警察OBも多数いることを知らん訳ではあるまい。事は既に政治の舞台に移されている。今は彼等を刺激することなく、その行動において協調を図り撤収の早期実現を模索すべき時だ」
シズル「その為にも警察上層部がその責任を明確にし自らの非を世間に正されてはいかがです」
警備部長「この地上にはわが国だけが存在する訳ではない。この状況が長引くと万に一つとはいえ内戦擬いの状況が出現することにもなる。エアリーズ軍の介入すらあり得る。治安を預かる警察が自らの失態を認めるがごとき行動は徒に社会の不安を増長させることにもなる」
シズル「この期に及んでもまだそのような妄言を。あなた方はそれでも警察官か!」
マティウス「オトメたちを今日まで育て上げた功労者の一人と思えばこそ大目に見てきたが、その暴言は最早許せん。マイスターシズル。ガルデローベ学園長代理および藤組小隊隊長の任を解き、別命あるまでその身柄を拘束する」

見張りの警官が、シズルに触れようとする。

シズル「私に手を触れるな!」
マティウス「ナツキ君。君はどう思うかね」
ナツキ「……戦線から遠退くと楽観主義が現実にとってかわる。そして最高意志決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない……戦争に負けている時は特にそうだ」
マティウス「何の話だ。少なくともまだ戦争など起きてはおらん」
ナツキ「始まってますよ、とっくに……気づくのが遅過ぎた。ラドがこの国へ帰って来る前、いやその遥か以前から戦争は始まっていたんだ」

立ち上がるナツキ。

ナツキ「突然ですがあなた方には愛想が尽き果てました。自分もシズルと行動を共に致します」
マティウス「ナツキ君。君はもう少し利口な女性だと思っていたがな」
警備部長「二人とも連れて行け」

突然ドアが開き、制服警官が入ってくる。

警察官A「たった今陸軍機の爆撃により、ルール川横断橋が!」
ナツキ「だから! 遅すぎたと言ってるんだ!」


ヴィントブルーム上空。
2機のAH-88A2“ヘルハウンド”が、橋を次々との空対地ミサイルで破壊していく。
1機が分かれ、今度はテレビ局とラジオ局など通信アンテナを破壊する。


ヴィントブルーム、セントラルパーク。
移動司令部では、突然襲来した3機の攻撃ヘリの情報収集に務めている。
しかし、情報が錯綜して混乱している。

司令「いったいどの部隊ヘリが攻撃を始めたんだ、所属はまだ判らんのか!」
通信兵A「第一通信団より入電! エローグ、エイトフォールおよびメバータの各戦車ヘリコプター隊から全機待機中の報告を確認」
司令「フジはどうか」
通信兵A「一時間前に待機中の確認を直接受けております」
司令「それが事実なら、いま攻撃中の三機はどこから飛んできたんだ!」
司令(もしや……)
司令「これはもしかすると……」
先任士官「司令! サウスパークの特科教導隊が対空射撃の許可を求めています!」
司令「いかん! 人口密集地に爆装したヘリが墜落したらどんなさんじになるか」
先任士官「しかし、首都を敵の蹂躙にまかせておく訳にはいきません! 有事には指揮官権限で攻撃命令が出せるはずです! それが出来ないなら、我々は何のためにここにいるんです!」


ヴィントブルーム、通信管制センター。
スクリーンに表示された各地区の通信状況が赤く塗りつぶされ不通を示していく。

オペレーターA「また消えた!」
オペレーターB「……ムンクハラマA! オルコグレのDとE、ゴーンBも!」
オペレーターC「こちらも消えます! ファンハウス、それにラツキンBよりF……各ブロックで回線が不通!」
主任「国際通信は全てバックアップケーブルに切り替えてアクパイルに廻すんだ。自己診断モードはどうなっているんだ!」
オペレーターA「モードはノーマルですが、切り替わっていません! また消えた!」
オペレーターC「主任、これはプログラムの暴走ではありません。もしかしたら、物理的にケーブルを切断されているんじゃ」
主任「物理的に消去するって、いったいどうやってだ? マンホールに潜り込んで、ペンチ片手に壊して回るような訳にはいかんのだぞ!」
オペレーターC「でも……ヴィントブルームじゃ戦争をやっているんでしょ?」
主任「わざわざ共同溝で斬り合いなんかするか、普通。とりあえずセンターの中には繋がっている訳だ」
オペレーターA「主任」
主任「どうした?」
オペレーターA「ヴィントブルームの保安部から連絡で……共同溝が次々と爆破されているそうです。今も爆破が続いていて、危険なので共同溝内部の調査はとてもできないと」
主任「戦争だって通信が……情報が欲しいだろうに」
オペレーターB「でも、連中には無線がありますから」

地上では、地下からの爆発でマンホールを跳ね上げる。
地下の通信ケーブルを爆破するためであり、あちこちで同様の爆発が起こる。


ヴィントブルーム、警察庁エレベーター内。
ナツキとシズル、そして見張りの私服警官がいる。

アナウンス「全職員に告ぐ……ヴィントブルーム陸軍の攻撃ヘリがチェリーストリートを北上中との情報あり。直ちに全員退避せよ! 繰り返す……」

エレベーター内に激しい衝撃が起こり4人はバランスを崩す。
シズルは私服警官の背中に組んだ両手を叩きつける。
もう一人の私服警官に抱きつかれるナツキ。
ナツキが藻掻いているところを、シズルの肘撃ちが私服警官の背中に炸裂。


ヴィントブルーム、警察庁の外。
地下駐車場から制止板を破って勢いよく車が走り出す。
走り抜ける車の背後の警察庁庁舎にミサイルが1発撃ち込まれる。
車の中には、運転するナツキと助手席に俯くシズル。

ナツキ「公務執行妨害、公務員に対する暴行傷害……これで晴れてお尋ね者、か。シズル、辞めるつもりだったでしょ。今は辞めちゃ駄目だ。奴を止めることはできなかったけど、私たちの勝負は終わっちゃいない。」
シズル「でもどうやって。もうガルデローベにも戻れへんし」
ナツキ「ガルデローベは壊滅したよ。多分。だが戦力はある。戦力は、まだあるさ」


ヴィントブルーム、セントラルパーク。
移動司令部上空を飛ぶ3機の飛行船。
兵士たちが空を見上げている。

ヴィントブルーム上空。
偵察ヘリのコパイロットが並進する飛行船を見ている。

兵士A「おい、“ウルティマ・ラティオ”って何だ?」
兵士B「さあ……何かの商標かな。それより早いとこ報告して戻ろうぜ、こっちは例の“ヘルハウンド”で手一杯なんだ」
兵士A「首都圏上空が全面的に飛行禁止になっているのを知らないのかな?」
兵士B「下じゃ戦争やってるってのに、のどかなもんさ」
兵士A「……おかしいな」
兵士B「どうした」
兵士A「まさか……しかしそんな。“移動”こちら“オナガ2”。応答願いします」
兵士B「おい、レーダーが……」
兵士A「電波干渉!?」
兵士B「ECMポッドか?」
兵士A「ああ、それも大型だ。こんなデカイのは初めてお目にかかった」
兵士B「離れるぞ、カラスを吸い込みそうだ」
兵士A「もう一度寄せてくれ。ゴンドラだ!」
兵士B「言ったろ、カラスが……」
兵士A「いいから寄せろって!」
兵士B「おい……!」

飛行船のゴンドラは無人だった。

ヴィントブルーム、ミッドタウン。
配置された第一通信団は大混乱している。
強力なECMによって、あらゆる通信、レーダーが機能しなくなっていからである。

司令「緊急連絡だ。強力なECMが首都圏を覆いつつあり、警戒を要す……」
通信兵A「移動司令部とは先程から通信不能になっておりますが」
司令「直通回線はどうした」
通信兵A「それが……例のケーブル爆破で回線がのみなみ不通になっているらしく」
司令「車輌を使え! 走ってでも連絡をとれ! 通信網の大幅な見直しが必要になるかもしれん。クリナの野外通信群に……! 車輌を確保しろ! それも大量にだ! 通勤のバイクも、職員の自転車も全て押さえろ!」


ガルデローベ、温室。
ユカリコが裏のニワトリ小屋からニワトリを温室に移している。
温室のドアに寄りかかるミドリ。

ユカリコ「土をほじれば虫もいるし、寒さは温室で凌げますよね」
ミドリ「ああ。きっと大丈夫さ。ガルデローベ育ちは逞しさが身上だからね」

ガルデローベ、正門前。
ミドリの乗るバイクが門を出ようとしている。
タンデムにはユカリコ。
見送っている生徒たち。

シホ「ミドリ先生。技術班の人たちキャリアにあんなもの積んで、一体どこ行こうっていうんです」
ミドリ「あ? 万が一の場合にはと、学園長と手筈を決めておいたのよ。黙ってて悪かったわね。じゃ、出前のツケとか燃料屋の支払いとか色々あるけど、後始末よろしくね」


ヴィントブルーム、ササキ邸のリビングルーム。
ササキとナツキが、ジパングから輸入したコタツに入っている。
戸棚の上のラジオから、微かにノイズ混じりの音声が聞こえる。

「……各所で通信施設が破壊され情報が混乱していますが、現在地上波は勿論、衛星回線による放送も何者かによる電波妨害で受信が困難になっており……の被害状況は判明しているだけで……その他幹線道路で橋梁の破壊がさらに続いているのと未確認情報も……今回の事件について政府は軍内の一部勢力による反乱、クーデターであるとの見解を示しておりますが、その実行部隊の規模など不明な点が多く……」
ササキ「切っちまってくれ。んなもの聞いてもどうにもならねえ」
ナツキ「頑張ってるとこがまだあるんですね、全滅かと思った」
ササキ「ありゃ電波妨害って奴だ。時々聞こえる所がやりきれねえ。無駄と分かっちゃいてもつい耳を澄ましちまう。で? どうなんだい」
ナツキ「そりゃまあ不平や不満はあるでしょうけど、今この国で反乱を起こさなきゃならんような理由が、例え一部であれ軍の中にあると思いますか。しかもこれだけの行動を起こしておきながら中枢の占拠も政治的要求もなし。そんなクーデターがあるもんですか。政治的要求が出ないのは、そんなものが元々存在しないからであり、情報の独占ではなく中断し混乱を選んだのは、それが手段ではなく、目的だったんからですよ。これはクーデターを偽装したテロに過ぎない。それもある種の思想を実現するための確信犯の犯行だ。戦争状況を作り出すこと。いや……首都を舞台に戦争という時間を演出すること。犯人の狙いはこの一点にある。犯人を捜し出して逮捕する以外に、この状況を終わらせる方法はない」
ササキ「しかし分からねえな、一体何のために橋ばかり壊すんだ?」
ナツキ「想像はできますが捕まえて聞くのが一番でしょうね。じゃ、出かけますんで、後はよろしく」
ササキ「あ、そっちは勝手口だぜ」
クルガン「これでもお尋ね者なんで、ササキ教授、念のために言っときますがくれぐれも……」
ササキ「若ぇ連中に、命令も強制もするなだろ。判ってるよ」
ナツキ「それじゃ」

ナツキ、部屋を出て行く。
窓際の椅子に座っているシズル。

ササキ「シズルさんよ。できなかったこと悔やんでも始まらねえ。これからどうするか。そのことを考えようや」
ミドリ「教授!」
ササキ「あの娘、御出でなすったか」

コタツから出て立ち上がるササキ。
遅れてシズルも立ち上がる。

ヴィントブルーム、ササキ邸前。
門から出てくるササキとシズル。
その前に勢揃いしたミドリと技術班の仲間たち。

ミドリ「教授! 手前ぇらやることは判ってるな!」
「「「へい!」」」
ササキ「ガルデローベは壊滅したそうだが、俺たちはまだ目え瞑っちゃいねえ。落とし前はこの手できっちりつけてやる! ありったけの兵隊掻き集めてハチオウジに連れて来い! ゴタゴタ抜かす野郎は首ぃ縄つけても引っ張って来るんだ! 行け!」


ヴィントブルーム、警察庁職員宿舎。
玄関を出ようとするユキノを夫のセイランが必至に引き止めている。

セイラン「ユキノ! 行ったらおしまいなんだぞ! 折角署長になったのに、故郷のお母さまが喜んでくださったのに、どうしてお前が行かなきゃならないんだ!」
ユキノ「ごめんね。でも行かなきゃ、仕事より大事なものを失う。それじゃあ、皆が待ってるから。さあ、いつものように笑って送り出して。……でないと、何だかもうここに帰って来れないような気がするの」
セイラン「二人目がいるんでしょ」
ユキノ「えっ?」
セイラン「お腹に……二人目の赤ちゃんが」

一瞬逡巡するユキノ。
背中をドアにもたれかかる。
が、タイミング良くドアが開いてそのまま転倒。

ミドリ「ちょっと! いつまでやってんの! 時間がないんだよ時間が!! じゃあ奥さまお借りしていきますから。どうも」

気絶したユキノをバンの荷台に放り込む。

セイラン「鬼! 悪魔! 誘拐魔! ユキちゃん死なないで〜!」


ガルデローベ、職員宿舎。
ハルカの部屋の前にはマリアと技術班のヨウコとイリーナがいる。

マリア「助かるわ。よく引き取りに来てくれたわね。あの娘、生徒たちを扇動して都内に進撃をしようとしたのよ、往生したわ」
ヨウコ「で、何人集まったんです?」
マリア「今日日の若い娘が、あんな熱血馬鹿のアジに乗せられると思いますか? ハルカ。お迎えですよ」
ヨウコ「ドーモドーモ」
イリーナ「ハルカ先生。元気してた」
ハルカ「遅いっ!」


ヴィントブルーム、ハチオウジの国道。
科学研究施設へ向かう一台のワンボックスカーが路肩で止まる。

マイ「どうしたの?」
ミユ「ね、ここから引き返してもいいんですよ。正規の任務じゃありません。行けばマイスターGEMの返上は勿論、ガルデローベから除籍ってこともあり得ます。それでもいいのですか?」
マイ「あたしよりミユの方が迷ってるみたい」
ミユ「迷いますよ、普通」
マイ「あたし、いつまでもオトメが好きなだけの女の子でいたくない。オトメが好きな自分に甘えていたくないの。お願い……車を出して」


ヴィントブルーム上空。
警察庁航空隊のヘリが、飛行船と並進している。

警衛官A「やはり無人だ。自動操縦で周回飛行しているだけだ」
警衛官B「軍の狙撃隊がが上がる前に俺達の手で片付けるぞ。外すなよ」
警衛官A「あんなデカい的、外しようがあるかよ」
警衛官B「おいまだか、早くしろ」
警衛官A「鳥が邪魔だな」
警衛官B「鳥ぐらいなんだ。一緒に落としちまえ」

警衛官のライフル弾が、飛行船のポッド中央部に五発命中。
飛行船キャビンのECMの電源が全て落ちる。
が、再起動。

警衛官B「どんどん下がってくぞ。オイ、どこ撃ったんだ!」
警衛官A「冗談じゃねえ。ポッド中央部に左から等間隔で五発。それ以外、傷ひとつ付けちゃいないぞ」

飛行船が市街地に墜落する。
同時に着色ガスがあたり一面に勢いよく噴き出す。

兵士A「逃げろ!」
兵士B「状況、ガス!」
兵士C「上だ! 建物の上層へ上がれ!」
兵士B「屋上へは上がるな! 道路も危険だ! ……車輌は可能な限り団員を乗せて後退させろ!」
兵士D「おい、何ぼさっとしてるんだ。マスクを装備している者は住民の避難の誘導を……」

犬の鳴き声が聞こえる。
逃げる兵士たちを尻目に、犬は全然平気な顔をしている。
兵士は、このガスの正体に気づく。


ヴィントブルーム、モーゼル川河川敷。
高架下の車にナツキとスミスがいる。

ナツキ「ただの、ガス?」
スミス「虫も死なん程度のほぼ完全に無害な着色ガスだそうだが、効果は絶大だ。あれが本物だったとしたら」
ナツキ「ブラフじゃないの?」
スミス「船内からは本物のボンベも発見された。実際に使う気があるかどうかは分からんが、少なくとも上の連中にそれを試す度胸はないさ。戦争においては常に存在を秘匿されたものこそ威力を持つ。……忘れたか、奴らはこの街と戦争をしているんだぞ」
ナツキ「なんの知恵もなくあんなデカいものを浮かべとく訳はないと思ってたけど、10万単位で人質をとるのと一石二鳥とはね。考えたもんだ。膠着状態だな」
スミス「それがそうもしてられんのさ……これを見て貰おうか」
ナツキ「都市計画予定地の……航空写真か」
スミス「18号のな。2枚目がその拡大だ。転がってるのは爆破されたヘリの残骸。そしてそのパラボラは専門家の分析によると野戦用の強力な通信装置だそうだ。敵の本部といった所だな」
ナツキ「こいつであの飛行船を?」
スミス「それ以外の何に使う? これだけの広域を完全にジャミングできる訳がない。現在も一部の通信が可能なのがその証拠さ。恐らく任意に選択された周波数を使って暗号化されたコードを圧縮して送信すれば、あの強力なECMを解除できる筈だ。スタンドアローンで制御不能な兵器などナンセンスだからな」
ナツキ「で、その周波数とコードは?」
スミス「ラド本人に聞くさ。間違いなくそこにいる」
ナツキ「教えてくれると思うか」
スミス「教えてもらうんじゃない、聞き出すんだ」
ナツキ「あの飛行船の燃料切れを待つ、ってのはなし?」
すみす「定点飛行をしているだけだから、一週間は持つそうだ」
ナツキ「ミサイルを撃ち込むとか」
スミス「今も通信が続いていて、それが中断することが飛行船のプログラムの発動条件だったとしたらどうする。俺ならそうする。それに俺たちには待てない事情がある。その写真、誰が撮影したと思う」
ナツキ「……エアリーズ軍か」
スミス「今回の事態はその当初からエアリーズ軍の厳重な監視下にあったのさ。……1時間程前に大使館経由で通告があった。明朝7時以降状況が打開の方向に向かわなければ、エアリーズ軍が直接介入する。現在第7艦隊が全力で西進中。各地のエアリーズ軍基地も出動準備に入った」
ナツキ「そんな無茶を……」
スミス「やるさ。国家に真の友人はいない。連中にとっては願ってもないチャンスだ。そうだろう。……この国はもう一度、戦後からやり直すことになるのさ」


ヴィントブルーム科学技術研究所。
技術者たちがマイスターGEMを決戦用に調整している。

ササキ「合成素材のチェックの終わったマスターGEMからシステムを転送だ! 装甲を着けたらやり直しはきかねえぞ! 流石に手慣れたもんだな」
ミドリ「このGEMで一人前になった連中ばっかりですからね。このペースでいけば、なんとか」
ササキ「それにしてもよく協力する気になったもんだな、シアーズは」
ミドリ「警察庁へのスレイブの納入をめぐって、ここはマティウス警察庁長官とは何かと噂の絶えない会社でしたからね。今度の騒ぎで長官とその一派の失脚は確実。そう読んで早めに俺たちに鞍替えして、あわよくば恩を売っておこうと……ま、これはここのお嬢さんの言い分ですけどね。おかげさんでREMはおろか、ここで開発した軍用装備まで使い放題の大サービスって訳です」
ササキ「あれがそうか?」
ミドリ「ミスリルドレスって奴ですよ。ローブの下に着る装甲服で、本来アイアンメイデンシリーズ用の標準装備だったものを引っ張り出してきたんで、オトメに着せるには無理があるんですが……非常時だけに融通を利かせてもらってます」


ヴィントブルーム科学技術研究所会議室。
会議室にマイ、ミユ、ハルカ、ユキノ、ユカリコ、シズルが集まっている。
ユキノがパソコンを操作して進行ルートをスクリーンに表示させる。
それを基に、作戦の概要を説明するシズル。

シズル「敵の野戦本部のある18号開発予定地へは奇襲という作戦の性格上、地上や空からは攻め込む訳にはいきまへん。そこでバビロンプロジェクト二期工事の際、作業用スレイブを搬入するために使用された地下道を使います。次のステップへ」
ユキノ「はい。シオドメから中継の人工中州を経て、目的地まで全長約1200メートル。問題なのはこの最終の行程です。ケーソン工法で作られた典型的な地底トンネルで、全長250メートル。中州側から傾斜エレベーターで海面から50メートルの深さまで降下、続いて高さ約9メートル、全長約200メートルの一本道を抜け、そして最後に開発予定地側のエレベーターで上昇」
ハルカ「待ち伏せには絶好の場所ね」
ユキノ「敵もこのトンネルの存在について知っていると考えるべきでしょうね」
ミユ「質問。この地下ルートまではどうやって? 都内は敵味方不明の部隊が入り乱れてるのでしょう」
ユキノ「それは現在学園長が手配中です」
ミユ「ナツキが?」

ミユとシズル以外のメンバーが一斉にうなだれる。


ヴィントブルーム科学技術研究所第2会議室。
受領したばかりの巨大なジェラルミンケースを開けるユカリコ。

技術班員A「凄い」
技術班員B「凄いや」
技術班員C「凄いですね。本物の対スレイブ12mm精密狙撃型レールガン“ミロワール”です」


ヴィントブルーム科学技術研究所休憩室。
ハルカが技術班に装備の強化をねだっている。

ハルカ「だから! グラビトンハンマーとかボルティックアックスとか、そういう凄いもんはないかと言ってるのよ!」
ヨウコ「ラケーテンハンマーだって軍用スレイブ程度なら結構いけるのよ。要は当てることよ。片目瞑ってよく狙う、これよ。じゃ私忙しいから」
ウォルフ「オトメが出て来たらどうすんのよ! オトメが!」
グスタフ「そん時は、もう片方も瞑るわ」


ヴィントブルーム科学技術研究所第4研究室。
ユキノとミユが、サコミズの見つけたディスクの解析をしている。

ユキノ「やっぱり圧縮用のツールだと思いますけどね」
ミユ「でしょうね。問題なのは、何を圧縮に使ったのか。その対象なんですが」
ユキノ「使われていた背景から考えれば暗号文とか、その類でしょうけど」
ミユ「暗号、ね……」
ユキノ「あの中にそれらしいものはないし」
シズル「あなたたち、ここで何してるの?」
ユキノ「サコミズさんが手に入れたディスク、何かのコード表じゃないかと思いまして」
シズル「コード表?」
ユキノ「アーカイブプログラムらしきものが出てきたんですが、その先がどうも……」
シズル「一息入れたら。どうせ今夜は長い夜になるんやから」

おにぎりの入ったコンビニの袋を差し出すシズル。

ミユ「これを……シズル様が?」
シズル「ユカリコさんよ。私はこういうことに気い回らへんから」
ミユ「戴きます。私もマイもここのオカカが好きで。いつも確保するのに苦労を……オカカ……シャケ……」
ユキノ「ミユさん、シャケにしました?」

ミユは、何かに気が付いて背後のロッカーを探り出す。
取り出したのは、一枚のミニディスク。

ミユ「これです! 暗号……ベイブリッジが爆撃された日から流れ始めた不正規電波」
ユキノ「そんなものあったんですか」
ミユ「電波の多い都心じゃ拾えませんからね。私も一度だけ拾ってセーブしたのですが、そのまま忘れていました」
シズル「乱数表を使った暗号文に見えるけど」
ミユ「これを解凍すると……」
ユキノ「二進数の数列ですかね」
ミユ「二進数……二進符号!」
ユキノ「モールス信号ですか? それじゃこれは何かのテキストなんですかね」
ミユ「変換してみればわかります……と」
ユキノ「英文ですね」

Do you suppose that Icome to bling pease to the world?
No,not pease but division.
From now on a family of five will be divided,
three against two against three.
Fathers will be against their sons, ond sons against their fathers;
mothers will bi against their daughters,and daughters against their mothers;
mothers-in-law will be against their daughters-in-law,
and daughters-in-law against their mothers-in-low.

Luke 12-51〜53

ミユ「これは、移民歴以前にあった古代聖典の福音書かな?」
シズル「我地に平和を与えんために来たると思うなかれ……。我汝らに告ぐ、しからず、かえって分争なり。今よりのち、一家に五人あらば三人は二人に、二人は三人に分かれて争わん。父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に……。ルカによる福音書、第十二章五十一節。サコミズさんの言うてた飛行船のECM解除のための停止コードやわ。1251メガヘルツ」
ユキノ「でも、そんなものをなぜ決起前から?」
シズル「そのデータをサコミズさんに渡しておくように。一時間後に出発します」
ミユ「なんなの、一体?」
ユキノ「さあ……」


ヴィントブルーム地下遺跡。
薄暗く高い吹き抜けの円形広間にナツキとスミスがいる。

スミス「こんな所がヴィントブルームの地下にあったとはな」
ナツキ「移民して間もない文明華やかなりし頃の夢の跡さ。移民歴025年に閉鎖されて以来、3世紀以上も眠っていた地下遺跡と河港の工区を結ぶ新旧の結節点。結局、使われることはなかったがね。この街には、きっとこういう場所がいくつもあるんだろうな」
スミス「誰に知られることもなく、か」
クルガン「来たか」

大きなディーゼルの音と共にトロッコ列車が広間に入ってくる。
車両の上に6人の人影。
真っ先にシズルが降りて、ナツキの隣に立つ。

ソフィア「全員降車、整列!」

シズルの号令に合わせて、整列した5人が敬礼。

ナツキ「よく来てくれたな。ミユ……マイ……ユキノ、ハルカ、それにユカリコ。お前たちの使命は、マイスターシズルと共に18号開発予定地に潜伏する今回の事件の首謀者を逮捕することだ。これ以降は全てマイスターシズルの指示に従え。あらゆる妨害は実力でこれを排除しろ! ガルデローベHiME戦隊最後の出撃だ。存分にやれ!」

再び5人が敬礼。

シズル「直ちに出発する。全員乗車!」
ナツキ「シズル……刺し違えてもなんてのは御免だよ。彼を逮捕して必ず戻るんだ。……私、待ってるからさ」
シズル「出発!」
スミス「何故だ? どうしてあんたが行かない」
ナツキ「私にはやらなきゃならんことが色々あってね……。さんざっぱら世話になっといてなんだけど、お前を逮捕するよ」
サコミズ「全員そこを動くな。ジョン・スミス! 破壊活動防止法、その他の容疑で貴様を逮捕する! この場は武装警衛官が十重二十重に包囲した。観念しろ」
スミス「説明はあるんだろうな」
ナツキ「今回の一連の事件に関して、お前の情報は恐ろしく正確で素早かったよ。そりゃそうだ。お前自身、内偵を進めていたっていう例の組織の一員だったんだから。お前はラドの同志だった。そして奴に裏切られたんだ……。政治的デモンストレーションに過ぎなかった計画を変更し、本気で戦争を始めるために奴が姿を消したことで、お前は窮地に立たされた。事の性格上、おおやけに捜査することもできんしな。そこでガルデローベに目をつけた。シズルの監視も兼ねて一石二鳥だからな」
スミス「全部あんたの推測じゃないか」
ナツキ「決起の前夜、お前はラドを見逃した。水上警備隊に通報してあの場を包囲しておくことも出来たはず。狭い水路だ。奴を逮捕できる可能性は高かったのに、お前はそうしなかった。何故だ? お前はどうしても自分の手で奴を押さえる必要があったからさ。ラドの計画は阻止しなければならないが、奴の口から組織の全容が公表されてしまっては元も子もない。この期に及んでも正規の部隊を動かさず、独立愚連隊同然の私たちに頼らなければならなかったのが決定打さ。まともな役人のすることじゃない」
スミス「それはお互い様じゃないのか」
ナツキ「まともでない役人には2種類の人間しかいないんだ。悪党か正義の味方だ。スミスさん。お前の話面白かったよ。欺瞞に満ちた平和と真実としての戦争。だがお前の言う通り、この街の平和が偽物だとするなら、奴が作り出した戦争もまた偽物に過ぎない。……この街はね、リアルな戦争には狭すぎるんだよ」
スミス「リアルだって? 戦争はいつだって非現実的なもんさ。戦争が現実的であったことなど、ただの一度もありゃしないよ」
ナツキ「なあ、私がここにいるのは私がマイスターオトメだからだが……お前は何故ラドの隣にいないんだ!?」


ヴィントブルーム地下通路。
大型の作業用スレイブが入れるように、天井まで高くかなり広い通路である。
照明は赤い非常灯だけ。
遥か前方に黒く大きな2つの影。
ミユだけが、その影をはっきり視認している。

ミユ「やっぱりいました。あれは確か……エアリーズ軍が開発した戦術スレイブで“イクストル”というやつです。こいつは有線操縦の移動砲台みたいなものですが、AM(Anti Materialise)装甲を持つのでこの状況だと厄介ですね。とりあえず待避所伝いに接近し、マイとハルカに攻撃を引き付けておいて私とユキノで回り込んでコントロールケーブルを切断。シズル様がECMをかけます。これを基本に後は出たとこ勝負ということで、どうです」
シズル「それしかなさそうやね」
ミユ「ハルカは前衛に出て。マイはシズル様を守って続いて。ユカリコはこの場で援護。目くらましを上げたら、行きます」

ミユが持っているショットガンから照明弾を撃つ。

ミユ「走れ!」 ハルカ「どうしたどした、このデカブツがぁぁ!」

ハルカがラケーテンハンマーを撃ち出す。
ジャイロ回転したハンマーは“イクストル”に直撃するが、びくともしない。
敵を認識した“イクストル”が動きだし、胴体にあるガトリング砲を発射。
斧で防御しながら横っ飛びで避けるハルカ。
ばらまかれた20mm撤甲弾が壁に穴を開ける。

ミユ「ハルカ! 馬鹿かあなたは!」
ハルカ「うるさい!」
マイ「何やってんのハルカ!」
ハルカ「ヨウコの奴いい加減なこと言って。なんなのあれは! 私が一発狙う間に百発撃ってくるじゃないの!」
ミユ「当たり前ですっ! こんな距離で打ち合って勝てる相手か! ユカリコ! 援護はどうしました!」
ユカリコ「それが、目の前が真っ白になっちゃって」
マイ「あたしも眩しくて転びそうだよ」
ミユ「どちらにしろこの手はもう駄目です。あいつ自体の頭はハルカ並みでも、後で操作してるのは人間ですから」
ハルカ「何ですって!」
ミユ「どうします?」
ハルカ「ゴタゴタ言ってても始まるわけないでしょ! 突撃あるのみよ!」
ミユ「あっ、まってバカ!」
マイ「私も出ます!」
シズル「マイ!」
ミユ「しょうがない。ユカリコ、撃ちまくって!」
マイ「ハルカ!」
ハルカ「喰らえ!」

後方でユカリコのレールガンが火を吹く。
マイの前をゆくハルカが突撃する。
“イクストル”のガトリング砲がハルカに狙いを付ける。
低い音を立てて放たれるガトリング砲を、斧で防御しようとするハルカ。
が、防ぎきれずに豪快に吹っ飛ぶ。

ハルカ「んがぁぁぁあ!」 ミユ「ハルカ! ハルカ!……ハルカ! 生きていますかハルカ! 返事をして!」
ハルカ「……凄く綺麗な花畑が、真っ白な花が一杯の……綺麗なところだった」
マイ「ミユゥ!」
ミユ「どうしましたマイ?」
マイ「……あいつが、動き始めた」

ミユは頭上の壁に通風坑を見つける。
よじ登って中に入るミユ。
その後にユキノが続く。

ミユ「シズル様!」
シズル「なに?」
ミユ「ECMをスタンバイして下さい」
シズル「ミユ、今どこにおるの?」
ミユ「煙突の中……みたいなところです。奴の後ろに回ってケーブルを切ります。コントロールを離れるとオートモードに切り替わって、識別信号に反応しないものを無条件で攻撃するようになります。思い切りジャミングをかけてに叩いて下さい。ハルカ。もう目は覚めましたか」
ハルカ「え……ええ」
ミユ「あなたの大好きな接近戦です。準備してください。ユカリコはそのまま待機。弾を残しておいて」

シズルは腰に付けたECMをスタンバイする。

シズル「これから、最大広域帯でジャミングをかけます」
ミユ「こちらミユ、準備完了! ……そちらはどうです」
シズル「いつでもええよ」
ミユ「行きます!」

ミユとユキノが通風坑を抜けて“イクストル”の背後に着く。
2人はショットガンでケーブルの切断に入る。
“イクストル”のアイボールセンサーがミユとユキノ方を向く。
ギョッとするユキノ、かまわず撃ち続ける。
勢いよく跳ね上がって2本のケーブルが切断される。
一瞬動きを止める“イクストル”だが、すぐに再起動。
シズルがECMを起動し視界を失う“イクストル”。
直後、“イクストル”のガトリング砲が左右に乱射される。
慌てて待避所へ逃げるミユとユキノ。
炎のオーラに身を包んで突撃するマイ。
繰り出したパンチで、前衛の“イクストル”のガトリング砲を破壊する。

ウォルフ「喰らえ、この化け物め! これでどうだ!」

続けざまにハルカが、後衛の“イクストル”をハンマーで一撃。
更に蹴りを入れて横転させる。
ジタバタする“イクストル”は、ガトリング砲を天井に向けて乱射する。
弾は天井を撃ちぬき浸水が始まる。

ユキノ「浸水だ!」
マイ「シズル様、行ってください!」
シズル「でも……」
マイ「あたしたちは大丈夫。だから、早くっ!」


非常灯に照らされた通路を走り抜けるシズル。
突き当たりの昇降機に辿り着きボタンを押す。
轟音と共に昇降機が降りてくる。
微かに見えるシャッターの奥に黒い影。
左右に開くシャッター。
シズルの前に現れたのは、3機目“イクストル”。
覚悟を決めるシズル。

シズル「どけぇぇぇぇ!!」


第18都市開発予定地。
ワイヤーを軋ませてせり上がるエレベーター。
エレベーター奥の壁際に“イクストル”の残骸。
シズルは、片方の刀身が折れた薙刀のエレメントを手に、今にも倒れそうなのを気力で立っている。
俯いた顔を上げ、目線の先にはローブを着たラド。
ラドは、双眼鏡でヴィントブルームの街を見ている。

ラド「ここからだと、あの街が蜃気楼の様に見える。そう思わないか?」
シズル「例え幻であろうと、あの街ではそれを現実として生きる人々がいる……それともあなたにはその人達も幻に見えるの?」
ラド「3年前、この街に戻ってから俺もその幻の中で生きてきた。そしてそれが幻であることを知らせようとしたが、結局最初の砲声が轟くまで誰も気付きはしなかった。……いや、もしかしたら今も」
シズル「今、こうしてあなたの前に立っとる私は幻ではおまへん!」

信号弾を撃つシズル。

シズル「我地に平和を与えんために来たると思うなかれ……。我汝らに告ぐ、しからず、かえって分争なり。今よりのち、一家に五人あらば三人は二人に、二人は三人に分かれて争わん。父は子に、子は父に、母は娘に、娘は母に……」
ラド「あれを憶えていてくれたのか。あれは警告だった。気づくものもいなかったが」
シズル「気づくものもおったとしたら? 帰国したあなたが最後にくれはった手紙は、それだけしか書かれてへんかった。あの時は、それが向こうでの体験を伝えるものだとばかり」
ラド「気づいた時にはいつも遅すぎるのさ。……だがその罪は罰せられるべきだ。違うか?」
シズル「ラド。あなたを逮捕します」

ラドに手錠を掛けるシズル。
自分の手にも手錠を掛けようとするシズルの手に、ラドがそっと手を重ねる。
ハッとするシズル。
ラドとシズルが見つめ合う。
2人の頭上をヘリコプターが降下する。


第18都市開発予定地。
もう一台のエレベーターが上昇してくる。
ボロボロで満身創痍のマイ、ミユ、ハルカ、ユキノ、ユカリコである。
ユキノは気を失って、ユカリコに抱きかかえられている。
ミユのインカムが音声を受信。

ナツキ(ミユ……聞こえるか、……ミユ、マイ。全員無事か?)
ミユ「こちらミユ……学園長!」
マイ「地上で学園長の声が聞こえるってことは」
ミユ「妨害電波が消えたました!」
マイ「やったぁ!!」
ミユ「学園長!」

ナツキに向かって走ってくるマイ、ミユ、ハルカ、ユキノを抱いたユカリコ。

ナツキ(結局私には連中だけ……か)


ヴィントブルーム上空、ヘリコプター内。
パイロットの隣にサコミズ。
後部座席にシズルとラド。

サコミズ「先程連絡が入ったが、トラックで脱出したお前の部下達は、全員治安部隊に投降したそうだ。死傷者不明。被害総額はどれ位になるか見当もつかん。一つ教えてくれんか。これだけの事件を起こしながら、何故自決しなかった?」
ラド「もう少し……見ていたかったのかもしれんな」
サコミズ「見たいって、何を?」
ラド「この街の、未来を……」

手錠に繋がれたシズルとラドの手は、しっかりと握られていた。

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