『巡回しないことに慣れてしまいそう……』
★なぜなにマリみて“血のヴァレンタイン− My Bloody Valentine”(上)その2
志摩子「アステリオの悩みを聞き、ヴァレンティヌスは娘に会うため屋敷の2階にある娘の部屋へ入りました。盲目の娘は、絶望のあまりやつれ、目も落ち窪み、小皺の目立つ痛ましい姿でこちらに背を向け座っていました。ヴァレンティヌスは両手を合わせて跪き、自ら死ぬことを望んでいた盲目の娘に再び聖なる光が射しますように、と慈悲深き主に祈りを捧げました。祈りが終わると、合わせていた掌で娘の両瞼にそっと覆ってあげました。するとどうでしょう。娘の目が微かに光を感じ始めたのです。ヴァレンティヌスが掌を離すと、次第に感じる光が増していき、その姿が見えるようになりました。盲目だった娘は、喜びに目を濡らしながら、光を取り戻してくれたヴァレンティヌスに感謝しました。
『感謝は私ではなく、主イエス・キリストに』
ヴァレンティヌスは、娘にそう囁きました。娘は、今まで見せなかった微笑みを浮かべました。アステリオ夫妻は、ヴァレンティヌスの奇跡に涙を溢れさせて、娘を抱擁しました。
翌日、ヴァレンティヌスは、アステリオの屋敷で開かれた宴に招待されました。娘が光を取り戻したお祝いに、ローマ近郊から40人ほど親族縁者が集まりました。ここでもヴァレンティヌスは、真摯な愛が不可能を可能にし、本当の神へ祈りを捧げること、信仰とは奇跡を呼ぶほどの深い愛であることを説きました。ヴァレンティヌスの説教を聞き、判事のアステリオや親族一同は、心から拍手を送りました。
宴が終わりに近付く頃、ヴァレンティヌスは帰るために席を立ちました。娘は途中まで送る言いましたが、やんわりと断られしまいます。ほんの少しまでだからと言うので、仕方なく一緒にアステリオの屋敷を出ました。月明かりの中、肩を並べて歩くヴァレンティヌスと娘。目が見えることの喜びをヴァレンティヌスに話す娘は、彼の口から悩みを持っていることを告白されます。娘がどんな悩みなのか聞いても、もうすぐ判る時がくるとはぐらかされてしまいました。やがて、ヴァレンティヌスは立ち止まり、娘を見つめて言いました。
『神は私に愛と夢を創ってくださった』
その言葉を耳にして、娘は胸の鼓動に高鳴りを感じました。瞳はヴァレンティヌスのから離すことができませんでした。ヴァレンティヌスは、別れの挨拶をしようと娘の肩に手をかけ、自分の頬を娘の頬に触れようしたその瞬間、おもむろに娘と唇を重ねました。ヴァレンティヌスの心にわだかまっていた愛の痛みが、わき上がってくるのを感じました。唇を離し、背中を向けて帰途に着くヴァレンティヌスを、娘はいつまでも見送っていました。
ヴァレンティヌスの奇跡を目の当たりにした判事アステリオは、これまでの自分の罪を償い、一族でもってキリスト教の洗礼を受けました。これに怒ったのは、アステリオに身柄を預けたローマ市長です。信頼していたアステリオ判事に裏切られたローマ市長は、アステリオの一族を皆処刑せよと命令しました。
処刑の当日、首切り役人が改宗するなら死罪を免じてやると条件を出されますが、アステリオの娘は決して死を恐れていませんでした。私たちの死は神の栄光による祝福であり、天国へ召されると信じているからです。娘ほどの美しさなら裕福な貴族の奥方になれるとも言いました。しかし娘は、目を開いた時から他の男を愛さず、ヴァレンティヌスだけを想うことを神に誓ったのです。
同じ頃、娘に愛の告白をされたヴァレンティヌスも捕らえられていました。クラウディウス2世を前にして、市民を苦しみから救うのは神の愛のみであり、皇帝が真の信仰者を殺してもキリスト教が皇帝を滅ぼし多くの人を救うと説きました。聞く耳を持たないクラウディウス2世は、即刻ヴァレンティヌスの処刑を決めました。
紀元270年2月14日、ヴァレンティヌスは、ローマのフラミニア街道近くで皇帝の親衛隊から拷問を受けた後に斬首されました。後のローマ教皇ユリウス1世は、ヴァレンティヌスに祀る聖堂を彼の殉教の地に建てました。ヴァレンティヌスの一生は、神に対する深い愛と、そこから生まれる永遠の命そのものでした。
おしまい」
乃梨子「(*゚ ▽゚ ノジ☆パチパチ」
祥子「(*゚ ▽゚ ノジ☆パチパチ」
乃梨子「!?」
志摩子「あら? いつの間にか、祥子さまも聞いていたんですか?」
祥子「ええ、ごきげんよう志摩子」
志摩子「ごきげんよう」
乃梨子「ごきげんよう」
祥子「ヴァレンティヌスが娘の部屋に入ったところからずっと聞いていたわ。志摩子ったら、お話を聞かせることに夢中で、全然気が付かないんですもの」
志摩子「そ、それは失礼しました……」
祥子「ときに志摩子。あなたも出るんでしょ、『つぼみのバレンタインプレゼント争奪 燃えろ!超人学園 GROOVE ON FIGHT』」
志摩子「は?」
祥子「こんな熱いイベントを企画するなんて、新聞部もなかなかやるわよね」
志摩子「え〜と……」
祥子「嫌って言っても、山百合会は全員参加だから、ちゃんとエントリーしておくわ」
志摩子「いや、あの……」
祥子「それを伝えに来ただけだから、じゃあね」
志摩子「………………」
乃梨子「どうするんですか、お姉さま?」
なぜなにマリみて“血のヴァレンタイン− My Bloody Valentine”(下)につづく
★なぜなにマリみて 総集編に、一部を加筆修正した『なぜなにマリみて“血のヴァレンタイン− My Bloody Valentine”(上)』の連結板を公開しました。
『ちょっと息抜き』
『キリスト教は迫害と闘争の歴史なのだ』
その身代わりの犯人は、悪事のゆえに憎まれていた人々で、世人がクレスティアーニと呼んでいた人たちである。ここでいうクレスティアーニ(Chrestiani)とは、タキトゥスの時代のキリスト教徒の一般的呼称です。クレスティアーニ≠ニクレストゥス(Chrestos)は、ギリシア語のクリストゥス(christos)に真面目な人、善良な人を意味するクレーストス(chrestos)にひっかけた洒落を踏まえて、キリスト教徒という名と邪宗として憎まれていることを示しています」
この名の名祖のクレストゥスは、ティベリウス帝の治下、ブロークーラートル(提督)たるポンティウス=ピーラートゥスによって処刑されていた。この有害きわまりない迷信は、当座のうちは沈静化されていたが、ふたたびそれは、この悪の発生地たるユダヤを通じてだけでなく、ローマ市においてすら爆発していたのである。ローマ市は、至る所から、全てのおぞましいもの或いは破廉恥ななるものが集まっており、それがもてはやされていた町だったのである。
それゆえまず、告白していた者が逮捕され、ついで、彼らの申し立てにもとづいて、おびただしい数の者が逮捕された。彼らは放火罪でというよりも、むしろ人類憎悪のゆえに処刑された。または、結び合わされた。
そして死にゆく者たちに対して、次のような嘲弄が加えられた。すなわち、野獣の毛皮でおおわれた者たちは、犬によってかみさかれて死んだ。或いは十字架につけられた人たち、或いは燃やされる人たちが、そして、日が落ちた時に、夜の灯火用に、焼かれた。
著・弓削達『ローマ皇帝礼拝とキリスト教徒迫害』 日本基督教団出版局
この人々がより思い罰に値したとしても、処刑のしかたの残酷さは、それを見る市民たちの胸を同情の念で満たした。市民たちは知っていたのだ。キリスト者と呼ばれるこれらの人々への残酷な運命は、公共の利益のためではなく、ただ一人の人の残酷な欲求を満足させるためであることを知っていたのである。この頃のキリスト教徒迫害はまだ局地的なものでしたが、後のデキウス勅令ができるまで曖昧な方針によって迫害が行われていきました」
『ローマ人の物語VII 悪名高き皇帝たち』著・塩野七生 新潮社
★今回のなぜなにマリみてで使った参考資料は、全部書き終わってからまとめて紹介します。
『紙は舞い降りた』
★今書いている『なぜなにマリみて』が思いの外に難産で、ニュースパートを更新できず申し訳ありません。とにかく今回は書くことがあまりにも多いので、もうしばらくは更新できない可能性が高いです。おかしいなあ、こんなはずじゃなかったのに……。ちなみにオチはすでに決まっていて、もう準備してあります。
★なぜなにマリみて“血のヴァレンタイン− My Bloody Valentine”(下)その2
乃梨子「理解できないなあ。どうして、そこまでキリスト教徒を嫌いになれるの」
志摩子「ローマ人の宗教観は、宗教を契約と捉えて考えられていたわ。正しい崇拝と尊敬をすれば、神はローマを守ってくれる。逆にそれを怠ると災厄が訪れるとされていたの」
乃梨子「じゃあ、新しく入ってきたキリスト教徒は?」
志摩子「ローマの神々を蔑ろにし、ローマの社会を脅かす不逞の者」
乃梨子「もしかしたら、この後の迫害も難癖つけてやっていたのかなあ」
志摩子「まあ、そんなものね。紀元177年、ガリアのリヨンでマルクス・アウレリウス帝と元老院勅令による迫害がありました。これには、外的要因が少々関係していたのです」
乃梨子「外的要因? 外国のキリスト教徒が攻めてきたとか?」
志摩子「ぶっぶー。ちがいまーす。何があったか、これから話すわね。
マルクス・アウレリウス帝は五賢帝として有名ですが、彼の治下にあった175〜176年は政治的、軍事的にも危機的状況でした。175年にマルクス・アウレリウス帝が病死したという情報が流れ、それを契機にシリア属州提督アヴィディウス・カシウスが自ら皇帝を名乗ったのです。これは、1ヶ月も経たずに誤報と判ったのですが、もはやカシウスは引き下がれないところにいました。彼は、このままマルクス・アウレリウス帝に対して叛乱を起こしました。マルクス・アウレリウス帝は、カッパドキア提督マルティウス・ヴェルスからの一報で叛乱を聞いて、すぐ行動を起こしました。まず西方に駐屯する軍勢の支持を確認し、ローマの元老院からカシウスを国家の敵と断じる宣言をとりつけました。同時に、すでに戦端を開いていたサマルティア族との講和を成立させました。この講和は、形勢不利であったサマルティア族にとって願ってもない話でした。マルクス・アウレリウス帝の体勢が調った頃、東方へ出立する前に自体は解決していました。叛乱の首謀者カシウスは、175年7月に指揮下の百人隊長によって殺されていたのです。カシウスの叛乱は、マルクス・アウレリウス帝の手を煩わせることなく、始まってたった3ヶ月で終結しました。そこで、急遽カッパドキア提督マルティウス・ヴェルスをシリアの入れて、属州のパレスティナ、ヨルダンの軍団を自分の指揮下に入れました。パルティアとの戦いの前線に指揮官がいないのは致命的だからです。その後に、マルクス・アウレリウス帝はカシウスの叛乱の事後処理として自らオリエントへ向かいました」
乃梨子「え? そのアヴィディウス・カシウスの叛乱と迫害がどういう関係なワケ?」
志摩子「まあ、最後まで聞いて。
この事後処理の最中、西方では異変が起きていました。北方ゲルマンの一部族が、ライン河防衛戦を越えて攻めてきたのです。平和な日々を過ごしていたガリアの人々は、この侵攻に大きな不安を覚えました。皇帝礼拝の盛んなリヨンは、これを神の怒りと信じていて、危機を乗り越えるには盛大な祝祭が必要と考えました。毎年8月1日に行われる剣闘士競技と古来の供犠式です。供犠式とは、神に生け贄を捧げる儀式のこと。リヨンの支配層は、供犠式への参加を頑なに拒否していたキリスト教徒を犠牲として神々に捧げて怒りを静めようとし、民衆の不安を取り除こうとしました。また、キリスト教徒は自分達だけで閉鎖的なコミュニティーを形成していたところも、民衆から反感を買っていました。しかし、大規模な祝祭の開催は財政的負担が大きいです。そこで、マルクス・アウレリウス帝がまだオリエントにいた176年に、剣闘士の費用の減免と死刑囚を安価にトリンクイ(人身御供)としてもらう請願が行われました。はたして、この請願は177年に元老院議決されました。問題は、死刑囚を多数集められないことです。それは意外と簡単に解決しました。リヨン民衆のキリスト教憎悪を利用して、次々とキリスト教徒を逮捕、死刑判決者にしたのです。ただ、この時リヨンの提督に出されたアウレリウス勅令にはこうあります。
キリスト教徒であることを告白するものは、死に至るまで鞭または棍棒で打つべきである。しかし棄教したものは釈放すべきであるこの勅令はトラヤヌス勅令に従ったものですが、リヨンの総督は棄教した者を釈放していませんでした。もともとリヨンの迫害は、一部の異教徒たちがキリスト教徒に対して暴動を起こしたことから端を発しています。そうと知ってか知らずかアウレリウスの勅令には、ハドリアヌス勅令に関して触れていません。
『世界宗教史叢書 キリスト教史 I』著・半田元夫 今野國雄 山川出版社
もし属州民がキリスト教徒に対して、法廷に告発を明らかに確証できるなら、彼らにその手続きを行わせよ。群衆の要求や単なる騒々しい叫びに従ってはならない。このハドリアヌス勅令は、キリスト教徒に対する保護を踏み込んだ形で示した勅令です。それを無視して出したアウレリウス勅令は、マルクス・アウレリウス帝のキリスト教徒に対する厳しい姿勢を現したものと言えます」
もしなんぴとかが告発を行い、キリスト教徒が方に反することを行っている事実を示すならば、その犯罪の軽重に従って判決を下せ。が、もしなんぴとかが下心があって偽の告発を提出しようとするなら、その偽の告発者に対して訴訟手続きを取れ。
『世界宗教史叢書 キリスト教史 I』著・半田元夫 今野國雄 山川出版社
★>ふーかさん(Like or Love?)
>えっとね、ウチって休止したらしいんですよね?
>ですが、所詮それ自体が無理な話だったんですよ。
>要するに……。
>止められないから復活しますってことで。
>お騒がせしてすみませんでした!!
あいさつ代わりだ。
∧_∧ \\
( ・∀・) | | ガッ
と ) | |
Y /ノ 人
/ ) < >_∧∩
_/し' //. V`Д´)/
(_フ彡 / ←ふーかさん
追記
もっとも、ふーかさんの復帰に前後して、私はニュースパートを休みまくっているけどさ。
★>(福)さん(Fuku Diary)
>「ふたりはプリキュア」によって壊れた大きいお友達のことを、「プリキュアン」と呼んではどうか、と提唱してみる。
プリキュアンたる者、プリキュアンのマストアイテムのカードコミューンとカードコミューンホルダーは買っておくべきなのですが、何故かカードコミューンホルダーだけ売っていません。そういえば、この前あるおもちゃ屋さんでカードコミューンの現物を「へぇ〜」と思いながら手に取っていたら、小さな女の子がジーッと見てました。その時は、風邪をひいていてマスクをしていた上にニットキャップを被っていたので、どう考えてもパッと見はアヤシイおにいさんそのものでした。何事もなかった様にカードコミューンを棚へ戻しその場を離れましたが、心は10メートル先の崖から飛び降りていました。ヘンなおっちゃんと思われた、と思うだけで泣きそうになりましたが、泣きませんでした。男の子だから。
でも、そのうち買います。
というわけで、『セーラームーン』と『おジャ魔女どれみ』を見たことが(ほとんど)ない私でもおすすめの『ふたりはプリキュア』をみんなで見よう。
『終わってないけど、終わりました』
司教、司祭、助祭は直ちに処刑されるべきである。一般信徒も信者であることを固執すれば処刑される。なお、元老院議員をはじめとする一般信徒の有力者はその地位を剥奪され財産を没収される。宮廷にいる解放奴隷は、奴隷の身分に戻され鎖につながれて帝室領の強制労働に送られる。という極めて厳しいもので、全国的に迫害が起こり、追放処分だった聖職者も再び捕らえられ処刑されました。ところが、ウァレリアヌス帝がペルシアとの戦いに敗れ、260年1月にシャープール一世の捕虜となった時に、息子で副帝ガリエヌスの政策転換によって迫害も終わりました。
『世界宗教史叢書 キリスト教史 I』著・半田元夫 今野國雄 山川出版社
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ 開幕前、病院で入院中の子供に会ってね。乃梨子「
/ \ その子は、ボクのファンだって言うんだ。
/ ヽ そして、その子は言ったんだ。
l::::::::: | 「横浜の100敗が見たい。」
|:::::::::: (●) (●) | ボクは言った。
|::::::::::::::::: \___/ | 「よしわかった!君の為にやってやる!
ヽ:::::::::::::::::::. \/ ノ その代わり、君も早く病気を治すんだよ!」ってね。
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
/ \
/ ヽ
l \,, ,,/ :::::::::| っていうのはどうだろう!
| (●) (●) ::::::::::|
_| \___/ ::::::::::::::|
∧_∧ェへへ|ヽ \/ .:::::::::::::::::::ノ
/:彡ミ゛ヽ;)|_,|_,|_,ヽ `、 /
/ :::/:: ヽ、ヽ、 ::i⊂) | | \ / | l
/ :::/;;: ヽ ヽ ::lノ \ |___>< / ヽ
 ̄(_,ノ  ̄ ̄ ̄ヽ、_ノ ̄ ̄ ̄
参考資料
『ローマ皇帝礼拝とキリスト教徒迫害』著・弓削達 日本基督教団出版局
『キリスト教史 1』著・ジャン・ダニエル 編訳/監修・上智大学中世思想研究所 平凡社
『世界宗教史叢書 キリスト教史 I』著・半田元夫 今野國雄 山川出版社
『ローマ皇帝歴代誌』著・クリス・スカー 監修・青柳正規 訳・月村澄枝 創元社
『地図で読む世界の歴史 ローマ帝国』著・クリス・スカー 監修・吉村忠典 訳・矢羽野薫 河出書房新社
『ブックス・エソテリカ第16号 キリスト教の本 上下』 学研
『ローマ人の物語VII 悪名高き皇帝たち』著・塩野七生 新潮社
『ローマ人の物語XI 終わりの始まり』著・塩野七生 新潮社
『聖ヴァレンタイン物語 ちょっぴり怖い聖人たちの「黄金伝説」』著・森実与子 三一書房
参考サイト
古代ローマ (ローマの歴史とコイン):古代ローマ帝のコインと共にローマの歴史を語るサイト。
時空の扉:古代ローマ史を語る『Museo della Civilta Romana』の他に、ビックリマンワールドの歴史と用語事典のある『ビックリマン』があります。
Reichsarchiv 〜世界帝王事典〜
★当初の予定を大幅にオーバーして『なぜなにマリみて“血のヴァレンタイン− My Bloody Valentine”』編終了。冗談ではなく疲れました。
日記タイトルに終わっていないけど≠ニあるように、今回のネタにはまだ続きがあります。303年のディオクレティアヌスの迫害と312年のコンスタンティヌスの公認(ミラノ勅令)です。これは、キリスト教徒迫害の歴史においてかなり重要な出来事なので、いずれ書きたいと思います。
なお、その1〜3の連結版は、加筆修正を加えた上で後日公開します。
『今日からニュースパートを再開』
★マーガレット版『マリア様がみてる』を読んでいると、祥子さまが可南子ちゃんに見えてなりません。いや、気のせいでも見間違いでもなくって。
『戦闘犬』