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絹見真一艦長の訓示

 達する。こちら艦長。
 本艦は、これより米機動艦隊の防衛網を突破してテニアンに突撃。同基地の滑走路を破壊せしめ、特殊爆弾を搭載した爆撃機の離陸を阻止する作戦を敢行する。
 諸君らも知っての通り、これは帝国海軍から受領した命令ではない。三発目の原子爆弾がもたらす惨禍から日本本土を守るべく、本艦有志の者が独自に起こす行動だ。であるから、諸君らは帝国海軍軍人として、この作戦を拒絶する権利を有している。
 恐らく数日のうちに戦争は終わるだろう。その後、浅倉大佐の語った人心の荒廃、亡国が現実のものになるのか否かは、自分にはわからない。ただそうなる可能性が十分にあることは認めている。にもかかわらず、浅倉大佐の救国の理念を阻害しようとする我々は、あるいは亡国の片棒を担いだ国賊の謗りを後世の歴史から受けるかもしれない。
 だが、それでもなお、自分は何十万の同胞が死にゆく様を座視することはできない。我々は軍人だ。国を守り、国民の生命と生活を守るために雇われている軍人だ。たとえ日本が亡国に向かおうとも……いや、だからこそ、最後の日本軍人として、やれることが残っているのではないかと自分は信じる。
 自分は、このまま終戦を迎えることで日本人の心がすべて失われるとは思っていない。どんなに荒れ果てた大地にも、目を凝らせば必ず小さな芽の息吹きを見つけることはできる。儚い希望であっても、いつかはその新芽が大地に広がり、より豊かで強い草原を枯渇した国土にもたらすかもしれない。軍人として……ひとりの日本人として、やれることをすべてやって、自分はその希望を未来の日本に託したいと思う。
 それが、海軍将校としてこの戦争に加担してきた自分のけじめだ。誰にも強制はしない。もとより正規の艦籍も与えられていない本艦だ。その乗員には、それぞれにけじめのつけ方があってしかるべきだと思っている。退艦を希望する者は、いまならランチを使ってウェーク島に戻ることができる。残るにしろ降りるにしろ、自分で考え、自分で決めろ。……以上だ。
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