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マリア様がみてる いくじなし

 ホモの兄さんはいくじなし。それでも、私の弟と恋に落ちました。
 ロサ・キネンシスのお姉さまはかわいくて。それでも、根性無し男と恋に落ちました。
 私のお姉さまは、美しかったけど若くして死にました。お姉さまは美しかったけど、いかれてました。紅薔薇さまでした。空模様の機嫌の悪い日には、夕暮れまで自室で引きこもっていました。
 葬式の夜、お姉さまの恋人を称する男がやって来て私に言いました。「祐巳ちゃん、これからは僕を兄さんだと思ってくれ」その夜、兄さんは私の手を握ってこう言いました。「君のお姉さんとは理解し合っていたよ」やがて彼は感極まったのか、ポロポロと涙を流し始めました。私の手を握りながら、涙を流し始めました。その手は妙に温かく、私はちょっといやだなと思ってました。
 それからしばらくして、兄さんは私の家に遊びに来るようになりました。遊びに来るというのは言い訳で、弟をホテルへ誘いに来るのでした。『祐巳ちゃん、ちょっと貸してくれないか。僕の友人に紹介したくてねえ』などと言いつつ、その日も部屋から弟を連れて行き、兄さんは照れた笑いを浮かべていましたが、ふいに真顔になって私に言いました。「祐巳ちゃん、三人で旅に出よう。どこかと追い旅に出よう。見たことのない国の風に吹かれたら、お姉さんの事なんかすぐに忘れられるだろう。のんびり暮らそう。あまり金にはならないかも知れないけど。真っ当に生きるということは、そういうことなんだな」結局三人で、『マリア様がみてる 〜春〜』DVDを売りながら旅を始めました。テレビ東京の映らない地方でも嬉しそうに買ってくれて、「ありがたい」とまで言ってくれました。私も何だか気分が良かったのでした。『マリア様がみてる 〜春〜』DVDは飛ぶように売れて、私たちはお金持ちになりました。それはいい気分でした。一日中、ニコニコして暮らしました。そんなある日、私は行き倒れの女の人を見かけました。その人は、心なしかお姉さまに似ていて、気にはなりましたが、助けずに通り過ぎてしまいました。次の日、結局その人は死んだと聞きました。その話をすると兄さんは、私を怒鳴りつけました。「祐巳ちゃん! 祐巳ちゃん! 僕は君をそんな女性に教育した覚えはない。お姉さんだってあの世で悲しんでいるはずだ。祐巳ちゃん! このいくじなしが! いくじなしが! この根性無しが!」
 私と弟と兄さんは鉄棒が好きでした。小学校の校庭開放に行って、三人で鉄棒でグルグル回りました。グルグル回っていると、嫌な事やお姉さまの事なんかは、不思議と忘れてしまえるのでした。回りながら兄さんは私に言いました。「祐巳ちゃん、何だか気持ちがよいねえ。何だか気持ちがよいですねえ」グルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグルグル回りながら、兄さんはこう言いました。「祐巳ちゃん! 祐巳ちゃん! 今思うと君の、そして僕のお姉さんの事は、とてもいい、思い出、だったよねえ」
 兄さん! 兄さん! いくじなしの兄さん! 私は、君と弟を、脳髄は人間の中の迷宮であるという観点から、あえて許そう。だから兄さん。どんなにたくさんの人がバカにしても。君たちは、ホモであり続けて欲しい。兄さん聞いているのか? 兄さん聞いているのか?
 しかしその後、兄さんはしがないアニメDVD売りで一生を終えました。このいくじなしが……。

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