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『こんなマリみては……いやじゃないかも
“『シャーリー』より メアリ・バンクス編”』
コンコン
志摩子「お姉さま、お茶がはいりました」
聖「入って」
志摩子「失礼します」
聖「うむ」
聖「……」
志摩子「ところで、お姉さま」
聖「!?」
志摩子「先日、私が1階に下りようとしましたところ、何者しわざか解りませんが、階段の一番下のところに糸がはってありまして。
おそらく足をひっかけて転ばせる為でしょうね。
もちろん、私、事前に気付きましたから何事もありませんでしたけど、もしや、お姉さまなら犯人をご存じかと」
聖「いいや、知らないわ」
志摩子「……左様でございますか。
では」
聖「うむ」
キラッ ピシッ
ビシ
志摩子「……たっ!!
……!」
聖「……」
志摩子(くそ姉貴)
聖(ちっ、失敗したか)
由乃「! 志摩子さん」
志摩子「! はい、何か?」
由乃「ちょうど良かった。今月の備品の予算です。
とりあえず、ワクだけ作っておきましたので、必要なものはこの中におさめるように……」
志摩子「ええ、わかりました」
志摩子『この方は、島津由乃さん。山百合会で黄薔薇のつぼみの妹を勤めておられます』
由乃「ところで、白薔薇さまは……?」
志摩子「会議室のほうに……」
由乃「そうですか、どうも」
志摩子「あら? あの靴が……」
由乃「ああ、先ほど庭で白薔薇さまの仕掛けたワナにハマりまして。
しかも、ご丁寧に水まではってあって、片足まるごとボチャンです。
靴は今、乾かしてるんです。
まあ、慣れたもんですけど。あっはっは。
では」
志摩子(両方はきかえればいいのに……)
志摩子『──というこのリリアン女学園3年生、佐藤聖さまといいまして。
まがりなりにも、"白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)"の称号を持つ、いっぱしの生徒会幹部なのですが……』
聖「由乃ちゃーん!!」
由乃「!?」
ゴンッ
由乃「……」
聖「うむっ」
学園の声
生徒A「あ……ああ、あそこのねえ……あんまりお姉さまとは言えないんじゃないかな。いいウワサを聞かないわ」
生徒B「まあ薔薇さまにしちゃあ少々変わったお人だと思いますよ。先輩だからあんまり言えませんけど」
生徒C「え……? あの人の妹になるのは、ちょっとねえ……」
生徒D「何々? 何の話?」
生徒E「こっちにまで変なウワサついちゃったら、妹できないもの!」
生徒F「いいんじゃないの? あれはあれで」
生徒G「ねえ」
志摩子『等々』
生徒H「はじめまして! よろしくお願いします!」
志摩子『以前にも、何度か山百合会のお手伝いを雇ったりしたのですが……』
志摩子「じゃ、簡単に薔薇の館の中を説明しますわね」
生徒H「はいっ」
生徒H「おヒマを頂きたいのですが」
志摩子「……」
由乃「……ど……どうしたっていうんです? 急に……」
生徒H「……私……私……カエルだけはダメなんですっ!!」
由乃「あっ、ちょっと……」
志摩子・由乃「カエル……?」
聖「うーむ……なぜだ……」
志摩子・由乃「やっぱり……」
志摩子『それなのに……』
志摩子「……!?
お姉さま!? 一体どうなさったんですか! これは!」
聖「何、少々調べ物を……」
志摩子「調べ物?」
聖「ああ、あったあった。
ふむ、やはりそうだったのね。
そうかそうか」
志摩子「え!?
お姉さま、これは一体どうなさるおつもりで……」
聖「ああ、頼むわ」
志摩子「頼む? 頼むって……コレを?」
志摩子(まったく……仕事が増えるったら……)
志摩子「!?…………はっ」
志摩子「どうしてお姉さまってもうすぐ卒業するくせに、こうあちこちいじくりまわすんでしょうね」
由乃「そうなんですけど。
そういう事は、思ってても口には出さない方がいいんじゃないですか?」
志摩子「お姉さま、そろそろ風が出てまいります。中へ……」
聖「……」
志摩子「……」
聖「志摩子」
志摩子「! 起きてらしたんですか」
聖「起きてるわよ」
志摩子「ここでは、お風邪を召します。中にお戻りにならなくては」
聖「風邪なんて」
志摩子「たかが風邪とあなどるものではございませんわ。こじらすと命とりですわよ。
もういいお年なんですから」
聖「──……最後のひと言が少々余計ね。
とにかく私は、風邪もひかないし、死にもしないわ」
志摩子「まあ、なぜです」
聖「私は100歳になるまで死なない事にしているの」
志摩子「……そんなに生きるつもりですか」
聖「そんなにとは失敬ね、君。
何、かの神功皇后の気長足姫尊(おきながたらしひめ)は100歳まで生きたって言うし。
西園寺家の今林准后貞子においては、107歳まで生きたという記録が残ってるじゃないの。
彼女たちにできて、わたしにできないはずがないでしょ」
志摩子「寿命ですから、生きると言って生きられるものでもありませんでしょう」
聖「いいや、生きるわ」
志摩子「……という事は、私も一生妹ですか」
聖「さもありなん」
志摩子「まあ」
志摩子『──などと豪語していたお姉さまでしたが、季節が冬から春に変わるころ、卒業を待たずにぽっくりお亡くなりになられてしまいました』
神父「Amen」
志摩子「このウソつき!」
志摩子「とりあえず、ひと通りの片づけは終わりましたけど」
由乃「こっちは帳簿とか書類の整理にもう少し。
あ、そうだ……これを」
志摩子「これは?」
由乃「白薔薇さまから、自分が死んだらあなたに渡してくれとお預かりしていたものです。
遺言なんじゃないですか?」
志摩子「遺言? 私に?」
由乃「ええ」
志摩子『遺言というにはあまりに簡単な。メモを開けば、そこにはたった一言。
「書斎にある球戯を君にやろう」』
志摩子「……」
カチャ
志摩子(えーと、どこだったかしら。
地球儀。地球儀。
あ、あれね……)
志摩子「それにしても、まったく……お姉さまったら、なんだってこんなものを……。
よっ」
ピンッ
志摩子「?」
パアン
志摩子「きゃあっ!!
…………」
「ハズレ」
志摩子「……やられたわ。
あんのくそ姉貴!! 最後の最後までー!!」
志摩子「終わりました?」
由乃「ええ、あとは引き継ぎだけですね。
それは?」
志摩子「ああ、お姉さまの最後のイタズラです。くれると言うからもらっときました」
由乃「それはいいものを」
志摩子「ただの地球儀ですわ」
由乃「あれ知らないんですか? 失礼」
パカッ
志摩子「!」
由乃「白薔薇さまご自慢の品でしてね。よくこの中に手紙なんかを入れたりしたそうですが……ああ、やっぱり。
志摩子さん宛です」
志摩子「…………」
由乃「なんて書いてありました?」
志摩子「……年寄りのヒマつぶしにつきあってもらってすまなかった……とか。
それと長い間ありがとう……ですって。
全くもう、これだけの事になんでこう手の込んだ事なさるのかしらね……。
…………でも……あんなにムチャクチャなお姉さまでしたけど、不思議と私、辞めたいと思った事、無かったんだわ」
由乃「ま、確かに……飽きなかった……かな?」
志摩子「──」
由乃「……これからどうします?」
志摩子「そうねえ……どうしようかしら……。
あなたは?」
由乃「白薔薇さまが生前書いて下さった紹介状があるんです」
志摩子「そこへ行かれるのね?」
由乃「ええ。
もし他にアテがないのなら、あなたもこの方のところでお仕えする気はありませんか?」
志摩子「え?
それは……無理でしょう、紹介状もないのに……」
由乃「紹介状なら私が書きます。
それにこの白薔薇さまのご友人という方、聞くところによると白薔薇さまと同じく、なぜか使用人が次々と辞めていくため、万年人手不足とか……」
志摩子「なぜか……?」
由乃「なぜか」
志摩子「お姉さまのご友人ですものね」
由乃「類は友……なんですかね、やっぱり」
志摩子「また"くそ姉貴"のお世話をしろとおっしゃるの?」
由乃「嫌ですか?」
志摩子「楽しみだわ」
志摩子『そのような訳で、私はもう少しメイドを続けることになりました。
新しいお屋敷の事。
新しいお姉様の事。
お話ししたい事は、まだまだ沢山ありますが。
それはまた、別の機会にという事で……』