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『こんなマリみては……いやじゃないかも “続・革命の日編 (上)”』

「夏休み突入」

瞳子(別に……一緒に出かけるのが嫌なわけじゃないんだけど……)
瞳子「デートっていう名目がねえ……」
瞳子(先輩さまたちを見る私の瞳は、何も変わっていないのに。
 先輩さまたちの私を見る目は違う──男の子を見る目なんだ……。
 柏木さんと同じ男の瞳──)

がばっ

瞳子「先輩さまたちも、あんな事私に望んでいるのかな……?
 …………。
 うわーっっ。
 いやーっっ。
 ダメぇーっっ」

がばっ

瞳子「ムリ……やっぱりだわ。
 同姓とつきあうとか考えるの……。
 しかも、友達なのよ、先輩たちは。
 余計ダメじゃない、考えられないわ……。
 おかしいわよ、あの人たち……。
 そうよ! 中等部の頃から一緒じゃないの!!
 なのに何で今さら口説くのよ、あの人たちはーっ!!」

ピンポーン

瞳子(……まさか、まさかね……セールスなんかよね……きっと……あの人たちなんかじゃ……)
瞳子母の声「瞳子ぉ! 祥子さま達がいらっしゃったわよ!」

ずざっ

瞳子(どうしよどうしよ。
 今、すっごく会いたくない。
 だって、あの人たちも柏木みたいな事考えてると思ったら、なんか怖いし……。
 こんな時に祐巳さまがいれば……)

ハッ

瞳子「そうだ、祐巳さまだ! とりあえず、祐巳さまんところへ行こうっ!!」

ばっ

だだだだだだ

瞳子母「ちょっと瞳子、もう少し静かに……」

ばたばたばた

瞳子母「ちょっ……ちょっと、どこ行くのよ」
瞳子「祐巳さまの家!
 あの人たちには、いないって言っといてっ」
瞳子母「えーっ?
 わざわざ来てくれたのに、何言ってるの……。
 それに今日は、土日と違って平日なのよ?
 せっかくいつも邪魔するパパがいない絶好のチャンスなのに、かわいそうじゃないの……」
瞳子「と、とにかく、今日は会いたくないの!
 お願いだからいないって言っておいてよっ!」
瞳子母「わかったわよ」

カチャ

瞳子母「あ、祥子さま達?
 ごめんなさい、瞳子、いないのよ。
 ええ、そう、今、勝手口から出ていくところで」
瞳子「ばらさないでよ!」
瞳子母「……ええ、裏の通りに行けばつかまると思うわ」

瞳子「くっそーっ」

だん ひらっ

すたこら さっさっ

令「あっ! いたーっっ!!」
祥子「待ちなさい!
 瞳子、あなたなんで……」
瞳子(逃げる理由なんて聞かないでよっ。
 恥ずかしくて言えるわけないんだからっ!!)
祥子「なんでそんな、色気のない恰好しているの! 夏休みなのに!!
 せっかく夏なんだから、もっとかわいい恰好しなくちゃダメでしょう」
志摩子「それだと、昔のままね……」
令「私は最高に夏らしいのコーディネートしてあげるわ」
由乃「私としては、やっぱスカートの方がかわいいと思うわー」
瞳子(この人たちは……まず言うことがそれですか?)
瞳子「うるさい、ほっとけっ!」

パッ

祥子「あっ」
令「赤だ」

ぶろろろろ……

瞳子(いっ、今の内に……)

令「どうする? 逃亡先は十中八九祐巳ちゃん家でしょ?
 追いつめすぎると、怖がらせるだけじゃないの?」
祥子「そうね、今日はやめましょう。
 とりあえず、お母さんは協力してくれるみたいですし。
 今後のためにも親睦を深めに行きましょうか」


ピンポーン

祐巳の声「はい、どちら様で……」
瞳子「祐巳さまっ!! 開けてくださいっ、あの方たちに追われているです」
祐巳の声「あら瞳子ちゃん? 今開けるわ」

カラカラ

がばあっ

瞳子「わーん、祐巳さまぁーっっ、先輩たちがさーっっ……あ?」

ぺた

すりすりすり

瞳子「ええっ?」
??「うわっ」
瞳子「え? 「うわっ」?」
??「……」
瞳子「……」
祐巳「あら……。
 どうしてあんた達、そんなくっついてんの?」
??「!」
瞳子「!
 ああ……祐巳さまと間違えて抱きついてしまって……ところであの……誰?」

祐巳「──はっ! 夏休み初日から押しかけてきたか……。
 あれほど、追いつめるなとクギをさしとしたのに」
瞳子「私、どうしたらいいのでしょう……」
祐巳「別に普通の友達付きあいの姿勢でいればいいと思うけど?」
瞳子「でもっ!! でもねっ!
 結局、あの人たちの望むものって、柏木さんみたいな事なのでしょう?
 それを考えると意識しちゃって、普通になんかできないよーっっ」
祐巳(うーん、完璧にとらうまっちゃってるわね……柏木優のコト)
祐巳「あのねえ瞳子ちゃん。
 あなたは今、柏木さんの件で過剰反応おこしてるの。
 男の人が誰でも即襲ってくるわけじゃないのよ?
 それが好意を持ってる相手なら尚更ね」
瞳子「……でも、柏木さんは、私が女だって知ってて襲ってきた……」
祐巳「いい? 瞳子ちゃん。アレは特殊。
 常識とか理性というネジが緩むどころか外れてるの。
 その証拠に口説きはするけど、直接手出しはしてきてないでしょ? 四人組は」
瞳子「あ……う、うん……」
祐巳「だから、考えすぎる必要はないし、したいようにすればいいの。
 主導権は、瞳子ちゃんにあるんだからね。
 お姉さまから、秋波送られてくるのが嫌だっていうんなら、道はふたつね」
瞳子「それって何ですか!?」
祐巳「あの四人組の誰かか、それ以外でお姉さまをつくる」
瞳子「結局それですか……だいたい、道ふたつじゃなくてひとつでしょ……」
祐巳「だって、私を選んでも認めてないわけでしょ? お姉さまたち。
 だったら、本当に好きな人を作るしか納得しないと思うのよね」
瞳子「私にそんな気概あるわけないじゃないですか。
 先輩たちにしたって友達だとしか考えられないのに、どうしろっていうの……」
祐巳「それぞれとつきあってみて、フィーリングが一番合う人を選び、友情を愛情にムリヤリもっていてみるとか」
瞳子「もっていけるか!
 だいたい、それぞれとつきあうってのも、それ四股っていいません?」
祐巳「四股か……まぁ端から見ればそうかもねぇ……」
瞳子「うわっ、そんなの私、なんかすっごい性悪っぽいじゃないですか!!」
祐巳「水を差すようで悪いけど、瞳子ちゃんって今のままでも充分四人を侍らせてるすごい女的に見られてるんだけど……」
瞳子(……四人を侍らせてる。すごい女っっ)
瞳子「──って私は悪女ですか?
 毒婦ですか?
 魔性の女ですかーっ!?」
祐巳「それは、イメージ悪すぎるわよ……。
 もっとこう、マドンナ的存在とかマスコットとか……」
瞳子「どっちにしろ、侍らせてるんでしょ……」
祐巳「そんなに嫌なら、やっぱ誰か選んだら?」
瞳子「だから、祐巳さま選んだんですよ。私はーっ」
祐巳「だーから、それじゃお姉さまたちは納得しないんだってば!!」
瞳子「だって、ムリだもん……。
 私にとってあの人たちは……私が中等部の頃からの憧れでしたの……。
 みんなで一緒に薔薇の館にたまって、お仕事手伝って……。
 仲間なんだなーって、漠然と思ってた……。
 そんなイメージが強いから……。
 あの人たちを「お姉さま」なんて位置におくことは考えられない……。
 それこそ、誰かひとりを選ぶなんてことも……」
瞳子(たとえば誰かひとりを選んだら、思い出が、壊れてしまいそう……)
祐巳「わかったわ。だったら決まりね。
 あの四人組以外でいい人をみつける! これしかないわ。
 もっても!! 縦しんば瞳子ちゃんに「いい人」ができたとしてもっ!!
 あの四人組の小姑共が、黙っていようはずがないわ!
 ええっ! そりゃもう、シンデレラの姉の如くネチネチといびるでしょうよっ。
 だから瞳子ちゃんっ!」

ビクッ

祐巳「本命は、あの四人組に対抗できるような人にするのよっ!!」
瞳子「そっ、そんなこと……言われても……。
 いるのですか? そんな人」
祐巳「……………………。
 ……まあ、いたら掘り出し物だわね……」

カラカラカラ

??「──ただいま」
祐巳「あら、帰ってきたみたいね」
瞳子「帰ってきたって……さっきの?」
祐巳「そう、改めて紹介するわ。弟の祐麒よ」
瞳子(祐巳さまの弟……)
祐巳「祐麒、あいさつしなさい」
祐麒「……祐麒です」

ぺこ

祐巳「それから、知ってるでしょうけど、こっちは友達の瞳子ちゃんね」
瞳子「え? 知ってる……って?」
祐巳「瞳子ちゃんを妹にしたときにちょっと話したの。
 それに、うちには瞳子ちゃんの写真もいっぱいあるし……。
 ま、とりあえず、あんたも座んなさいよ」
祐麒「えっ!? オレもう部屋に……」
祐巳「いーから、座んなさいって」
祐麒「わあっ」
祐巳「まったく、ごめんね瞳子ちゃん。
 こいつったら、玄関でロクな挨拶もせず買い物行っちゃって」
瞳子「いや……別に……気にしてないから……」
祐巳「なんか、うちの弟ってば、ちょっとシャイみたいなのよねー」

ドサッ ギシリッ

瞳子「はあ……シャイなんだ……」

シャイな距離(約50cm)

瞳子「今、いくつのなの?」
祐麒「16……高二……」
祐巳「祐麒っ! キチンと答えなさいよ!」
瞳子「いいわよっ……祐巳さま……。
 でも祐巳さまに弟がいるなんて知りませんでした。
 てっきり一人っ子だと思ってました」
祐巳「普段は一人っ子みたいなもんよ。
 祐麒は学校の寮入ってずっとうちにいないからね」
瞳子「へぇー……寮入っているの……。
 でも寮って窮屈じゃない?」
祐麒「別に……」
祐巳「楽しくやってるみたいよ!
 この子ねぇ、顔はまあイケてるし、体も華奢な方だから、名前にちなんで"ユキチちゃん"て呼ばれて、まわりから可愛がられたらしいわ」
祐麒「!?」
祐巳「しかも、そう呼ばれるのが嫌で?
 "ちゃん"付けには無視かましてたら、相手に泣き落とし攻撃されて渋々承諾しちゃったんだってー?」
祐麒「なっ……なっ……。
 なんでそんな事、詳しく知ってるんだーっ!!」
祐巳「ほほほっ、お姉ちゃんは何でも知っていてよっ。
 さらに、とっておき。
 とある上級生からマジ告白されたあげく、あわや貞操の危機なーんてこともあったんだって?
 こわいわねーっ、男子校って」
瞳子「男子校……てーそーのきき……」
瞳子("ユキチちゃん"なんて、かわいらしいあだ名つけられて、まわりからおもちゃにされたり、男にせまられたり……それって……)
祐麒「おいっ、一体誰に聞いたんだ。
 学校の事なんて、明らかにオレのまわりの人間だろっ!
 しかも、先輩の事までとなると同室の……」

はっ

祐麒「有栖川か! そうだな!!
 あいつ以外いない!!
 アイツ……勝手に人の事ベラベラしゃべりやがって……」
祐巳「有栖川君にあたるのやめときなさいよ。
 弟の身の安全を心配する、心優しき姉に協力してくれただけなんだから。
 ね?」

きっ

祐麒「嘘だ!
 オレの身を心配なんて、絶対嘘だ!!
 単に弱みを握ろうとしただけだろ。
 有栖川の事にしたって、いいように使ってるに決まってる!!」
祐巳「祐麒? ゆうこと聞いてくれないと。
 お姉ちゃん、もっとおしゃべりしちゃうかもしれないゾッ」

ぞくうっ

祐巳「たとえば、うちにあった写真が三枚なくなってて、それがどの写真で、どこにいっちゃったのか……。
 なーんてことを今、ここでお話ししてもいいのかしら?」
祐麒「……知っていたのか?」
祐巳「私が、気付かないと思った?」
祐麒「……」

どさりっ

祐麒「知っていたんなら……何でオレの事、ベラベラしゃべったんだよっ!」
祐巳「照れたにせよ、瞳子ちゃんへの態度が悪かったから」
祐麒(やっぱり、その事実を根にもっていたか……)
瞳子「祐巳さま、もうやめましょうよ。弟さんをイジメるの。
 私が原因なら気にしてませんから」
祐巳「そうね。ま、一応落とし前はつけたしね。
 この辺にしとくわ」
瞳子「ねえ、ところでさ。
 祐麒……あっ、祐麒でいい?」
祐麒「あっ……ああ……」
瞳子「じゃあね、祐麒は本当に……"ユキチちゃん"て呼ばれて女の子扱いとか、おもちゃ扱いとかされて、男に襲われたりしてるの?」

ザクッ

祐巳「瞳子ちゃん……知られたくなかった秘密を暴露されたところに、その事実の確認をせまられて。
 思春期のナイーブな心は今、深く傷ついたわよ……」
瞳子「えっ……わあっ!!
 ごめんなさい!
 そういうつもりで言ったんじゃないの!!」
祐麒「いいよ……どうせ本当の事だ。
 顔や体や名前のせいで、いろいろ遊ばれたり男に襲われたりしてるよ」
瞳子「違うって! 私が言いたかったのはっ……」
祐麒「悪かったな、男らしくなくて……」

ムカッ

瞳子「ヒトの話を聞きなさいっ!!」

ゴンッ

祐巳「瞳子ちゃん……黙らせるために、即、暴力ってのは、感心しないわよ……」
瞳子「わあっ、話聞かないからついーっっ。
 痛い?
 悪かったわ、ごめんなさいっ」

なでなで

祐麒「いっ……いいよ、もう。それより話って!?」
瞳子「私はね、あなたの境遇を聞いて、私も同じだって言いたかったの」
祐麒「え?」
瞳子「幼稚園からずっと女子校で、男の子に縁がなかったし。
 見かけも背低くて痩せてたから、友達や先輩からお人形さんというかおもちゃ扱いされていたのよ……。
 どう、同じでしょ?」
祐麒「……ああ……」
瞳子「だからね、祐麒の気持ちわかるって、いいたかったの」
祐麒「……」
瞳子「もーっ、ちょっ中"かわいい""かわいい"って連発されて、私はお人形さんじゃないのに!!」
祐麒「オレも……"ユキチちゃん""ユキチちゃん"て……男なのに連呼されて……」
瞳子「抱きつかれたり、抱っこされたりなんて日常茶飯事だし」
祐麒「うなじにチューや股間にタッチなんてしょっ中で……」
瞳子「…………」
祐麒「気を抜いたら空き室とかに連れ込まれるし……」
瞳子「ど……どどど、どうしたの? それで!?」
祐麒「え? もちろんぶっ飛ばして逃げたよ」
瞳子「た、大変なのね……男子校って……」
祐麒「オレが高校入って覚えたことは、勉強よりもまず身を守ることだったさ。
 ヤローに押し倒されて、欲望に血走った瞳で見つめられた時の恐怖感や嫌悪感といったら、言い表しようがないからなっ!!」
瞳子「わかるっ! わかるわ、その気持ちっ!!」

がばっ

祐麒「あ……」
祐巳「!」
瞳子「私もね、友達や先輩はさすがに襲ってはこなかったけど、従兄のお兄さまに押し倒されちゃってね、すっごく怖かった。
 昔は、兄妹みたいな感じだったのに、女として意識されてたって思うと余計に……。
 今も、その時の事思い出すと、怖気が走る……」
祐巳「瞳子ちゃん……。
 そろそろ離れてくれないと、弟が今にも鼻血吹き出しそうなんだけど」
瞳子「ええっ!? なんでっっ?」

がばっ

瞳子「私、そんな強く抱きついてましたか?」
祐巳「違うわよ瞳子ちゃん。
 そうじゃなくて、祐麒はね──」
祐麒「!」
瞳子「祐麒は?」
祐麒(言うな! 言うな!)
祐巳「……男子校だから、女の子に免疫がなくてあがっちゃったのよ」
瞳子「ふーん」
祐麒「……」

ひょい

かあーっ

瞳子「ほんとね、かっわいい」

ドシュッ

祐巳「瞳子ちゃん、思春期の男の子に"かわいい"は禁句なんじゃない?」
瞳子「あ、そうね! ごめんなさい。
 でも……」

ぴとっ

祐麒「わーっっ」
瞳子「あはははっ、やっぱりかわいいわ、この反応」
祐巳(ふーん)
祐巳「ねえ瞳子ちゃん。大丈夫なの?
 あなた男性恐怖症気味だったでしょ?
 いくらかわいい系でも、それも一応男なのよ?」
瞳子「え……うーん。
 でも、祐麒は、怖くも気持ち悪くもないわ。
 私のまわり、こんなタイプいなかったし」
祐巳(なるほど……祐麒がねえ……悪いけど、予想すらつかなかったわ。
 これは意外と、面白い展開になるかもね……)


ガチャン

瞳子母「きゃ! 落としちゃったわーっ。
 カップ割れちゃったー」
祥子「大丈夫ですか、お母さん。
 私達がかたづけますから、ホウキとチリトリ持ってきてください」
瞳子母「え? あらそーお?
 じゃお言葉に甘えて、すぐ持ってくるわね」

パタパタパタ

祥子「何か今、不吉な予感がしませんでした?」
志摩子「ええ」
由乃「したした!」
令「背中がゾクリときたわ……」

瞳子(祐巳さまと間違えて抱きついてしまった相手は、初めて会う祐巳さまの弟でした。
 感情迷走状態のため、先輩たちには会いたくありませんでしたし。
 祐巳さまの弟、祐麒をなんだかとっても気に入ってしまったので、引き止める母親を振りきり、今日も祐巳さまの家に向かうのでした)

瞳子「おじゃましまーす。祐麒はー?」
祐巳「……外。
 近くのコンビニだからすぐ帰ってくるわ」
瞳子「祐巳さま……また"お使い"させてるのですか?」
祐巳「あら、姉の特権、弟の義務でしょ。
 そんな事より私は、瞳子ちゃんがこのごろ毎日うちにやってくるワケの方が気になるけど」
瞳子「なんですか、その何か含みのあるような言い方は……。
 ただ家にいると、先輩たちが来るかもしれないから、避難しに来てるだけじゃないですか」
祐巳「その割りには、やけに楽しそうだから。
 てっきり他に何かお目当てがあって来ているのかと思ったわ」
瞳子「お目当てって……」
祐巳「祐麒。……でしょ。
 うちに来て、私にあいさつするでもなく、真っ先に「祐麒は?」。
 友達として立場ないわよね。私ったら」
瞳子「いや……だって……」
祐巳「そんなに気に入ったなら、いっそのことどう?
 相手として考えてみるってのは」
瞳子「えっ」
瞳子(相手として?……って……)
祐巳「接触が平気なわけでしょ?
 これで、かなりの重要条件クリアーしちゃってると思うし、やっかいな四人組の事だって、私で鍛えられてるから結構大丈夫なはずよ。
 ゆくゆくは、医者の予定で将来安泰。
 つきあう相手としては、最適な人材だと思うわ」
瞳子(……つきあう……祐麒とつきあう?)
瞳子「ど?……ってそりゃ、祐麒のことは気に入ってますし、抱きつくのも平気ですよ……。
 でもそれは、似たような目にあったことで親近感がわいたからで……祐巳さまの弟だってこともありますし──」
瞳子(確かに祐麒なら、いろんな抵抗感がないし、大丈夫かもしれないけど……)
瞳子「私としては、仲間とか同志とか弟みたいとか、そんな風に思って……」
瞳子(──でも……)
瞳子「それに……やっぱり先輩にぶつけるのは可哀想だから。
 いくら祐巳さまで耐性ついてるからって、対抗できるわけないです」
祐巳「そうかしら」
瞳子「そうですよ!
 一対一ならともかく……相手はアクの強いお姉さまたちが四人もいるんですよ!?
 あの人たち相手じゃかなわないと思うし、私のせいで祐麒がいたぶられて傷ついたりしたら嫌だわ……」
祐巳(このコったら……感情の種類はともかく、四人組より祐麒を選んでるじゃないの……)
瞳子「だいたい、私の相手とかそんな話、祐麒の方が嫌がるに決まってます!」
祐巳(いや、祐麒の方は、全然問題なしなんだけど)
瞳子「まったく、妙なこと言い出さないでください!
 これで祐麒の事、変に意識してギクシャクしたらどうしてくれるんですか!!」
祐巳(そうしてくれたら思うつぼだわ)
瞳子「いいですか!
 祐麒にもそんな変な事、絶対に言わないでくださいね!」
祐巳「はーいはい」
祐麒「え? オレに何?」

ビクゥッ

瞳子「ゆゆっ、祐麒おかえりっ。
 何でもない、何でもないわ。
 それより、何買ってきたの?」
祐麒「菓子とアイス」
祐巳「感情は向いているのは間違いないけど……。
 まーだまだ、色っぽいものじゃないってとこか……。
 気持ちが変わるような出来事が転がってないかしら。
 まあ、あの四人が黙ってるわけないし、何かあるに決まってるわね」

瞳子「ねえ、せっかくの夏休みなんですから、みんなでどこか遊びに行きませんか」
祐巳「みんなって、瞳子ちゃんと私と祐麒の三人でってこと?」
瞳子「うんっ」
祐巳「ムリね」
瞳子「何で!?」
祐巳「だって考えてもみなさいよ。
 思春期の男の子が、姉とその友達と一緒に出かけたいと思う?
 たとえるなら瞳子ちゃんがお母さんと一緒に出かけるようなものよ?
 瞳子ちゃん、行きたい?」
瞳子「……いや」
祐巳「ちなみに祐麒、一応聞くけど、私と一緒にお出かけしたい?」
祐麒「絶対やだ。はずかしいし、どーせ荷物持ちに使われるから」
祐巳「ほら、ムリでしょ?」
瞳子「ううーん」
祐巳「だからね。あなたたち二人で出かけたら?」
祐麒・瞳子「「えっ?」」
瞳子「……祐巳さま……何か企んでません?」
祐巳「やーね、そんなんじゃないわよ」
祐巳(あわよくば、とは思ってるけど)
祐巳「だって、私とだったらいつでも一緒に出かけられるけど。
 祐麒とはそうじゃないでしょ?」
瞳子「あ……そうですよね……学校始まったら会えないわ……」
祐巳「それに瞳子ちゃんだって、たまには"女の子の外出"じゃなくて"男の子の外出"を楽しんでみるのもいいんじゃない?」
祐麒「オイ祐巳っ! 何考えてんだよ」
祐巳「何よ、せっかくデートのお膳立てしてあげたのに、不満なの?」
祐麒「不満じゃなくて、不安だよ。
 オレにとって、そんな都合のいい事するなんて……」
祐巳「別に都合のいい事だけってわけでもないわ。
 アンタには、強者共と渡り合ってもらわなきゃいけないから」
祐麒「強者共?」
祐巳「そう、瞳子ちゃんに近寄る男をことごとく追い払い。
 自分達が彼女候補を打って出てる、山百合会の四人組。
 瞳子ちゃんはね、その身の上が故に男性とのつきあいに対して複雑なわけよ。
 それなのに、とんだバカのせいで男性恐怖症ぎみになっちゃって……。
 今は、お姉さまたちさえも避けまくってる状態なの。
 このままじゃ、マズイと思ってた所にアンタよ」
祐麒「え? オレ?」
祐巳「瞳子ちゃんは、何故か不思議と祐麒には警戒壁を張ってないの。
 アンタをすごく気に入ってるみたいだし。
 で、祐麒の方は、丁度いい事に瞳子ちゃんに好意を抱いてるわけでしょ。
 だから、賭けてみようと思ったわけ。
 祐麒が、お姉さまたちに対抗しつつ、瞳子ちゃんの情緒を開花させてくれるかもしれないって」
祐巳(弟みたいだと思われてるんだけど、黙っとくか)
祐巳「そんなわけで、瞳子ちゃんとデートしたら、手ごわい人たちが四人、黙っちゃいないと思うけど。
 がんばってね!」
祐麒「手ごわいヤツが、四人も……」
祐麒(相手は薔薇さまだよな……対抗できるのか……オレ──)
祐巳「……正直なこと言うとね。
 私、本当は瞳子ちゃんをアンタにも誰にも渡したくないの」
祐麒「ええっ」
祐巳「だって瞳子ちゃん、かわいいいんだもの。
 顔も性格も。
 それで、すっごく頼って、なついてくれるし……。
 でもいいわ、私もまだまだ瞳子ちゃんを手放したくないし、祐麒にその気がないなら、私が行──」
祐麒「オレが行くっ!!」

ガタッ

瞳子「あ、なんだ。祐麒も乗り気じゃない」
祐麒「あ、うん……。
 ったく……今の、わざとかよ」

ガタンッ

祐巳「アラ本心よ。正直なトコって言ったでしょ?」
祐麒(──余計悪いじゃねーか……)
瞳子「祐麒、どこ行くー?」
祐麒「いや……瞳子さんの行きたい所で……」

祥子「え? いないんですか、瞳子ちゃん」
瞳子母「そうなのよ。
 今日も祐巳ちゃん家に行っちゃったみたいなの。
 ごめんなさいね」
令「いえ、私たちも連絡しないで来ましたから、しょうがないです」
瞳子母「何かねえ、祐巳ちゃんの弟の祐麒君てコがすごーくかわいくて気に入ったらしくて、こないだから毎日遊びに行っちゃってるのよ。
 瞳子一人っ子だし、弟ができたみたいで嬉しいのかもね」
祥子「祐巳の弟……祐麒君ねえ……」
瞳子母「あ、ウチに上がってちょうだい?
 せめてお茶入れるから」
祥子「あ、いえ結構です。おかまいなく。
 私たちは、このまま祐巳の家の方向かいますから」

祥子「どう思う?」
由乃「……なんか……マズイことになってる気がする」
令「同感」
志摩子「不吉な予感的中?」
令「こないだ、嫌な感じがした時にすぐ動くべきだったんじゃないの?」
由乃「追いつめるとマズイって言ったの誰よ」
祥子「まあ、落ち着いて。
 ともかく、その祐麒君とやらがどんな人物なのか、見てみないとね」

どんっ

祐巳「わざわざ暑い中、ご苦労様ですこと」

ババンッ

祥子「いえいえ、瞳子ちゃんに会うためなら、暑さなんて苦とは思わないわ。
 それで、瞳子ちゃんは出してくれないの?
 こっちの方に来てるって聞いたんだけど」
祐巳「確かに来ましたけど、すぐ遊びに出たからうちにはいないわ」
祥子「……」
祐巳「……」
祥子「出かけた事が本当だとしましょう、でもそれならば、ここに来ておいて祐巳が瞳子ちゃんに同行しないというのは、おかしい気がするんだけど?
 そういえば、瞳子ちゃんは祐巳の弟君がいたくお気に入りだとか。
 まさかとは思うけど、その彼とふたりで出かけてる……なんてことはないわよね?」
祐巳「アラ、意外に情報早いですね。
 そうです。そのまさかです。
 瞳子ちゃんは弟と一緒に出かけていますわ」
由乃「そんな……」
令「うっわー、マジでー」
祥子「やってくれるわね……まさか身内を持ち出してくるとはね……」
祐巳「言っておきますけど、画策したわけじゃありませんよ?
 私だって、意外ななりゆきに驚いてるんですから」
祥子「全く何もしてないと?」
祐巳「フォローぐらいはしますよ。
 でも本当に、私も瞳子ちゃんがあんなに祐麒を気にいるなんて、思いもよらなかったんですよ。
 一因としてあなた方に夏休み初日から追いかけ回されて、逃避したがってたってこともあるみたいですけど……。
 まあ今のところ、好意は持っていても異性に対しての感情じゃないみたいですから、どうなるかわかりませんが。
 意識は向いているし、警戒壁を張らないことから、弟に分があると思ってます。
 昔の瞳子ちゃんを直接には知らないですしね。
 後はきっかけ。
 つまり、祥子さまたちの動向が転機になるでしょうね、良くも悪くも」
祥子「動くことは吉と出るか凶と出るか、バクチ勝負ということね。
 だからといって、最悪の結果になるとは限らないわよね。
 だったら、動かないわけにはいかないわ。私たちとしては。
 だから、ふたりの行き先、教えて欲しいんだけど……だめかしら?」
祐巳「いいですよ」
令「ええっ!!」
祥子「正直言って、教えてもらえるとは思ってなかったけど、どうして?」
祐巳「今逃れたとしてもいずれはぶつかるわけでしょう?
 だったら、早い内から鍛えた方がいいと思って。
 それに、弟はかわいいと思うし、援護してあげたいと思ってるけど……。
 反面、瞳子ちゃんを渡したくないって、相反する気持ちがあるとあることがわかったんです。
 だから、そんな複雑な乙女心から、中立になってもいいかなと」
祥子「そう、瞳子ちゃんを取られたくないってことで、私たちと立場は同じというわけね」
祐巳「あら……そんな……。
 私のモノは私のモノ。弟のモノは私のモノ。
 ですから、たとえ瞳子ちゃんが弟のモノになったとしても、それ即ち私のモノってことですよ?
 つまり、瞳子ちゃんは今私のモノだし、弟のモノになったとしても私のモノってことです。
 そこのトコお間違えなく」
令「ねえところで、その祐麒君ってどんな感じのコなの?」
祐巳「どんなって……ひと言でいうなら「私の弟」って感じかしら」
由乃「それはどういうイミで?」
令「「私に似てる」って事?」
志摩子「外見が? 性格が?」
祐巳「だから、「私という姉を持つ弟」って事ですよ」
祥子・令・由乃・志摩子「この女帝のような姉を持つ弟……」
志摩子「ああ……」
祥子「……ああ、なんとなくわかったわ……」
由乃「不思議と……」
令「きっと、外見似てて、性格反対って感じ?」

瞳子「あー楽しーっ。
 こんな楽しい外出、久しぶりだわ」
祐麒「え? 祐巳とよく遊びに行ってるんだろ?」
瞳子「祐巳さまとは、楽しいってより忍耐って感じ。
 やれバーゲンだ、セールだ、安売りだって人の波を掻き分け買い物なんて……」
祐麒「ああ……わかるわかる。
 オレもよく荷物持ちさせられてたから」
瞳子「あっ……そういえば私も行きたいトコ引きずり回しちゃって、祐麒は楽しくなかったんじゃない?」
祐麒「そんな事ない。
 オレは特に行きたいトコなかったから、充分楽しかったよ」
祐麒(ホントは、一緒に出かけられただけで嬉しいし……)
瞳子「うっ……かわいいよっっ!!
 グリグリしてあげたいーっ。
 いいなあ……祐巳さま、こんなのいて……。
 私も祐麒欲し──……」
祐巳(どう? 相手として考えてみるってのは)

はっ

瞳子(彼氏にしたら!! コレ、私のモノ?)

ハッ

瞳子(いけないいけない、祐巳さまに毒されてる……。
 ──でも……夏休み終わったら、会えなくなっちゃうのよねえ……。
 自宅通学だったら、毎日だって会えるのに……)
瞳子「祐麒って何で寮があるような遠い学校行ってるの?
 近くにだって、通えるところあったのに?」
祐麒「そこ大学病院付属の学校だから、将来医者になるには一番いい進路なんだ。
 オレ医者になりたいし、その為にも早い内に動いておこうと思って」
瞳子「あなたって、すっごーいっ!! エライわ!」
祐麒「そんなことないよ。すごいのは瞳子さんの方だと思う」
瞳子「え? 私?」
祐麒「うん。
 だって、祐巳に聞いたけど、紅薔薇のつぼみの妹になったけど、演劇を勉強するから山百合会は引き継がないことを決心したんだろ。
 山百合会幹部って言ったら学校中の憧れらしいから、オレだったらそんな決断できるかどうかわからないなって思った。
 でも、生き方を決めたり変えたりするのが大変な事なら、オレにもわかるから……。
 瞳子さんて本当にすごいって、オレは思う……」
瞳子「私、そんな事言ってもらったの初めて……。
 祐巳さまの妹になった事を喜ばれてばっかりで……私の立場になって考えてみてくれた人なんて、誰もいなかったから……」
瞳子(ああ……やっぱりいいわ彼……)
瞳子「あなたってば最高っっ欲しーっ!!」

がばあ

祐麒「うわっ、ええっ!?」
祥子「あなたたちくっつきすぎよ。離れなさい」

ばっ

瞳子「祥子お姉さま! 祐巳さままで!!
 何でここにっ!?」

……to be continued
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