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『Sachiko&Yumi』
第1幕 第1場 リリアン女学園、マリア像前

菊代「侮辱を忍のは、もうまっぴらですわ」
ゆかり「そう、それこそどこかのゴシップ記事のネタになるようなもの」
菊代「つまり、人目を引くために嘘を書かれます」
ゆかり「そうよ、まあ息の根のあるうちに、貴女の方こそあることないこと書かれないようにね」
菊代「でも、福沢祐巳の犬を見ただけで頭にきます!」
ゆかり「およしなさいな、喧嘩はご主人たちどうし!」
菊代「わたくしたちも負けはしませんわ!」
ゆかり「おや? 来ましたわ、祐巳さんところの2人」
菊代「やっておしまい、わたくしが援護しますわ」
ゆかり「あの方々を笑いものにして差し上げます」
菊代「喧嘩を売るわ!」
真美「指を噛みましたね?」
菊代「噛みましたわ」
真美「バカにする気?」
ゆかり「とんでもない!」
菊代「わたくしは、指噛みなとした覚えはありません。ただ指を噛んでいるだけですわ」
ゆかり「喧嘩を売る気?」
真美「喧嘩を売る? とんでもないことです」
菊代「売る気なら買いますわ。わたくしは負けません!」
真美「勝てるのかしら」
菊代「……」
ゆかり「勝てると言いなさい!」
菊代「勝てます!」
真美「ウソですわ! それなら剣を抜きなさい!」
志摩子「バカな真似はおやめなさい! 剣を納めて!」
令「腰抜け相手に剣を抜いて、どうしようというの? 志摩子、私が相手よ。覚悟しなさい、命はないわ」
志摩子「わたくしは仲裁に入っただけのこと。貴女こそ剣を納めたらどう? それとも力を貸して、この方々を、それで引き分けて貰いたいわ」
令「仲裁? 仲裁ですって? 願い下げだわ。地獄も福沢祐巳も嫌いだわ。貴女もね!」

蓉子「何事ですか、この騒ぎは? ねえ、長剣をよこして、私の」
江利子「いけません、おやめになって」
蓉子「もう、剣だというのに! 蔦子が来るでしょ。カメラなんて向けて、まるで私への面当てだわ」

三奈子「おのれ、蓉子め! 止めないで、放して!」
蔦子「いけません、また問題を起こす気」

学園長「静まりなさい! 治安を乱すふらち者!
 なんと、聞く耳を持たぬというのですか? ここな、羊の皮を被った獣めら!
 貴女たちの、わたいない言葉から始まったこの騒ぎは、一瞬にして我がリリアン女学園の平和を乱しました。
 それもこれで3度目。ひめゆり会、そして山百合会。今後、再び騒ぎを起こしたら、騒乱罪で退学にしますよ」

三奈子「何物なの、この古い諍いをまたしてもかき立てたのは?」
志摩子「いや、敵方の妹たちと、三奈子さまの妹が、ちょうどここで切り結んでいる、そこへ私が来合わせたのです。
 私も剣を抜き合わせて、双方分けようとしていますと、たまたま向こうから、あの猪武者の令さまが、これも抜き身を提げて来合わすという具合。彼女、いきなり私に戦いを挑むと、振りかぶるなり、風を切って振り回すのですが、あいにくの風の方じゃ、私たちお互い切り結んでいるうちに、ますます人数は馳せ加わり、それぞれ別れて戦っているところへ、学園長が見えて、お引き分けになったというわけです」
蔦子「祐巳はどこ? 姿を見ましたか? あの子が騒ぎの場にいなくて本当に良かったわ」
志摩子「日の出前に、温室の辺りを歩いている姿を見たことがあります」
三奈子「毎日行っているらしいわ。目に朝霧のような涙をたたえて」

三奈子「暗い気分は不吉な雲を呼びます。心から話せる友が必要です」
志摩子「私にお任せを。よほどのことでない限り、きっとこの悲しみの原因(もと)を探り出しますから」
三奈子「ありがとう。では私たちは教室へ行きましょう」

志摩子「ごきげんよう、祐巳さん」
祐巳「まだ朝なの?」
志摩子「そうよ、9時になったばっかり」
祐巳「そう、悲しい時の時間は長いわ。さっきのは三奈子さま?」
志摩子「ええ。それにしても、何を悲しんでいるの?」
祐巳「喜びを持てないから」
志摩子「恋でもしているの?」
祐巳「いや、恋の……」
志摩子「かなわぬ嘆き?」
祐巳「私の想う人の思わぬその恨み。姿やさしき恋の神が、こうも冷酷とはね。ああ、目隠しをしたまま、見えないのに矢を射当てるの」
志摩子「教室へ行きましょう」
祐巳「また騒ぎ?
 まって、言わないで、聞き飽きたわ。争う憎しみより、恋は苦しい。
 ああ、争う恋、恋する憎しみ、無より生じた有なるもの、心しずむ浮気の恋、大真面目なたわむれ、美しいものと見せかける醜い混沌……眠りとは言えない醒めた睡眠……。
 微塵も恋心がわかないこの私が、しかもその恋をしているの。おかしいと思わない?」
志摩子「泣きたいわ」
祐巳「何のために?」
志摩子「貴女の悲しい心に」
祐巳「そんな同情はありがた迷惑だわ……。私1人の悲しみだけで、この胸はもう一杯なのに、その上に志摩子さんの悲しみまで背負わせて、さらにも悲しみをひどくしようというの?
 恋よ、恋とはため息とともに立ち上る煙。燃えて恋人の目に輝く炎となり、抑えれば、恋人の涙が降り注ぐ大海となる……。
 それだけ。息の根も止まる苦汁かと思えば、生命を養う甘露でもあるわ。じゃあね、志摩子さん」
志摩子「待って、一緒に行きましょう。置いてきぼりなんて、ひどいわ」
祐巳「私の方こそ迷子なのよ。ここにあって、ここにあらず」
志摩子「真面目な話、誰に恋しているの?」
祐巳「何? みじめな話をしろってこと?」
志摩子「みじめ? そうじゃなくって、誰なのか真面目に教えてってこと」
祐巳「教えるわ、志摩子さん、私はある3年生に恋してる」
志摩子「そこまでは図星ね」
祐巳「すばらしく美しいお姉さまだわ」
志摩子「なるほど、でも、祐巳さんなら射落とすのは、簡単なはずでしょう」
祐巳「キューピッドの矢でも落ちないお姉さま。目の誘惑にも黄金の光にも、なびかないわ」
志摩子「そのお姉さまは生涯、妹を持たないつもりなのかしら?」
祐巳「そのように誓ったらしいわ」
志摩子「そんなお姉さまは忘れなさい」
祐巳「忘れる方法は?」
志摩子「ほかの美しいお姉さまを見ればいい」
祐巳「それはかえって、あのお姉さまの素晴らしい美しさを、よけい引き立てるばかりよ。
 絶世のお姉さまというのを、見せてもらえるならそれもいいわ。でも、何の役に立つっていうの。結局、更にひときわ立ち優ったあのお姉さまの姿を思わせる、いわば心の覚書になるだけ。
 失礼ですけど、忘れてしまう方法なんて、貴女に教えられるものですか」
志摩子「いずれ必ず教えますわ。忘れ死にはしないつもりだから」

次回……第1幕 第2場 講堂裏

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