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『Sachiko&Yumi』
第1幕 第4場 街上

祐巳「どうかな? 言い訳にこの口上をしゃべりましょうか。それとも、断りなしに乗り込みましょうか?」
志摩子「そんな回りくどいことは、もう流行らないわ。
 それから、丸暗記のおぼつかない前口上ですけど、後見つきでヘドモド述べ立てるなんて、これも抜き。
 どう思おうと、思うのは先方様の勝手よ。こっちは派手に踊り、さっさと踊って引き上げましょうじゃありませんか」
祐巳「私にペンライトをちょうだい。私は、とても浮いた気持ちにはなれそうにない。何しろ暗いんだから、せめて明かりでも持つとするわ」
由乃「ダメ、ダメ、祐巳さん。貴女にこそ踊って欲しいの」
祐巳「とても無理。貴女たちの靴は軽くても、私の心は鉛のよう」
由乃「キューピッドの翼を借りて舞い上がれ」
祐巳「恋の重荷に心がしずむわ」
由乃「祐巳さんが沈めば、下でささえるのは大変ね。かよわい恋の女には重すぎる」
祐巳「かよわい恋? 恋は辛いわ、あまりにも残酷。茨のように人を刺すの」
由乃「なら、貴女も激しく刺してあげればいい」
志摩子「もう行きましょう。パーティに行ったらすぐに踊り出そう」
祐巳「行くのはよしましょう」
由乃「どうして?」
祐巳「実は夕べ、夢を見たの」
由乃「私も見た」
祐巳「由乃さんも?」
由乃「夢見る人の話は、信用できないっていう夢よ」
祐巳「ベッドで見る夢は正夢だとというわ」
由乃「じゃ、てっきり、妖精の女王、マブがベッドに入り込んだのね?
 彼女は夢の"産婆"なの。町役人が指にはめる、瑪瑙の石よりも小さい。
 ねている人間たちの鼻先をかすめ、小人たちに車を引かせて通る……。
 マブの車は空っぽの榛の殻。御者は灰色の服を着た小さな羽虫……。
 マブは夜ごとに現れる。
 恋人たちの頭の中を通れば、彼らが見るのは恋の夢。弁護士の指を通れば、金の夢……。
 身震いして目覚め、祈ってまた眠る。夜中に馬のたてがみを組編みに結ってみたり、さてはおひきずりの髪の毛をもつれさせて、解けたら不吉の前兆になるという……みんな、あのマブのしわざよ!」
祐巳「よして、由乃さん。貴女の話はくだらないわ」
由乃「そうよ、夢の話だもの。夢とは暇な方の頭が生み出す子供。つまりは、くだらない空想の産物なの。空気のように希薄で、風よりさらに気まぐれなもの。風は北国の凍てつく胸にすり寄ったり、雨降る南国に顔を向ける浮気者……」
志摩子「貴女の吹き荒れる風のせいで時間を無駄にしましたわ。パーティも終わっているかもしれない……きっともう遅すぎる」
祐巳「もし早すぎたら?
 何故か胸に騒ぐ。星に宿る恐ろしい運命が、今夜のパーティを切っ掛けに、この身に襲いかかり、私の命に、いまわしい刑罰を課し、死の精算を迫るのような……人生のかじ取りたもう神よ、導きたまえ」
由乃「よし、繰り込もう!」

次回……第1幕 第5場 小笠原家の広間

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