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『Sachiko&Yumi』
第1幕 第5場 小笠原家の広間

蓉子「ようこそ、皆さま! 足指にそとまめのできたお嬢様方は知らぬこと、でなければ、みんな一度はあなた方の踊りのお相手をお勤めくださるはず。
 これは、お嬢様方、まさか踊りは嫌などと仰る方は、1人としていないでしょうねえ?
 澄ましてご遠慮なさる方、これはもうそとまめと決まりましてよ。
 わたくしも昔は仮面の一つもつけ、美しいお嬢様方の耳元に、甘い、嬉しい言葉を囁いたこともありました。ですが、それも昔のこと。昔の、昔と申すもの。
 さあ音楽よ。さ、ずっと広く、場所を開けて! さあ踊ったり、お嬢様方!」

瞳子「お姉さま。江利子さまがお呼びです」
柏木「踊っていただけますね?」
江利子「柏木さまは、素晴らしい方よ」

祐巳「あそこの、あのお嬢様はどなた? ほら、あの向こうの騎士の手を取っておられる?」
給士人「いえ、存じません」
祐巳「心が恋したことは? ないと誓え! 瞳よ、まことの美を見るのは初めてだわ」

令「あの声は、確か祐巳のもの。ねえ、私の剣を持ってきて!
 道化の仮面などに身を隠して、このパーティを侮辱しに来たのね!
 山百合会のため、彼女を殺しても罪ではないわ!」
蓉子「どうしたの、何をそんなにいきり立っているの?」
令「お姉さま、あそこに敵の福沢祐巳がいるわ」
蓉子「落ち着いて、令。ほっておきなさい。なかなか立派にお嬢様らしく、振る舞っているじゃない。それに彼女は、学校での評判もいい。
 この屋敷で、彼女に無礼を働くことは許しません。我慢して、彼女のことは忘れなさい」
令「我慢できません!」
蓉子「我慢するの。わかった?」
令「でも、お姉さま。屈辱ですよ、これは」
蓉子「馬鹿馬鹿しい。屈辱? これが? 良くない癖よ、言っとくけど、今にきっと貴女に報うてくるわよ」

祐巳「尊いこの御堂、卑しい手が、貴女を汚した罪を覚悟しています。
 私の唇は、はにかむ巡礼。今こそ優しい口づけをもって、卑しい手の汚れを清めてあげますわ」
祥子「巡礼さま、ちゃんと貴女のお手に対して、あまりにもひどい仰り方、これ、この通り、ちゃんとお行儀よく、信心のまことを表しておりますものを。
 聖者の手は、巡礼が触れるためのもの。手と手を触れるのは、聖なる口づけです」
祐巳「ですが、唇は聖者のにもあり、巡礼にもありました」
祥子「でもね、巡礼さま、それはお祈りに使うための唇ですわ」
祐巳「では私の聖女さま、手をお許しになることなら、唇にもお許しくださいませんか?
 願わくば許し給え、信仰の、絶望に変わらざらんために……私の唇の祈りです、これが」
祥子「いいえ、聖者の心は動きません。祈りは許しても……」
祐巳「ならば、動かないで下さい。祈りの証をこの唇に……。
 貴女の唇が、罪を清めてくれます」
祥子「その罪は、私に? 私の唇が背負うわけね」
祐巳「私の唇から罪? ああ、何という優しいお咎めなの、それは!
 もう一度、その罪をお返し下さい」
祥子「口づけ一つに、ずいぶん難しいことを仰いますのね」
瞳子「お姉さま、蓉子さまがちょっと御用だそうでございます」
祐巳「蓉子さまとは誰です?」
祥子「さあ、早くこちらへ」
瞳子「祥子お姉さま、さあ早く」
祐巳「祥子? 彼女は山百合会の?」
志摩子「帰りましょう、パーティもそろそろ下り坂ですわ」
祐巳「そうね、だからこそ不安もつのるわ……」

祥子「ねえ、瞳子ちゃん。あの方は?」
瞳子「お名前は福沢祐巳。ひめゆり会のお方、しかも、あの憎い敵の会長だそうでございます」
祥子「憎しみから生まれた恋だなんて……知らずに出会い、知って時には遅すぎた。この恋は不吉……憎い敵を愛するなんて……」

次回……第2幕 第1場 小笠原家の庭園

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