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『Sachiko&Yumi』
第2幕 第3場 シスター佐藤の庵室

聖「草や木や石が内に秘める力は、何と不思議で偉大なものだろう。
 害あるものでさえ、用法しだいで益となる。善なるものも、その用法を誤れば、思いもかけない悪となる。
 用い方しだいで、美徳も悪徳に。行いひとつで、悪徳も浄化される。
 この、かよわい花のつぼみの中には、毒が含まれている。そして薬効も……匂いをかげば気分爽快になるが、なめると体中が麻痺して、心臓が止まる。
 人間も草も、対立する力が争い合っている。つまり善と悪だ。悪が勢力を伸ばせば、死という害虫が草を食い尽くす……」
祐巳「おはようございます。聖さま」
聖「祝福あれ! 朝早くから、こんな優しい訪れは?
 おはよう、祐巳ちゃん。早起きしたのは、心に悩みを抱えているからかな?
 違った? 今度は当ててみよう……夕べは眠れなかったね」
祐巳「そうです。でも、そのためお陰でもっと楽しい憩いを持ちました」
聖「仕方ない子ね! さては蟹名静と一緒だったな?」
祐巳「静さま? とんでもない、その名は忘れました」
聖「そう、じゃあ、どこにいたの?」
祐巳「敵のパーティで、傷を負いました。
 相手もです。癒せるのは聖さましかいません」
聖「もっとはっきり言いなさい。話は素直にするものよ。謎めいた告白では困るわ」
祐巳「では、はっきり申します。あの山百合会の美しい紅薔薇さまに、私は恋の純真を捧げてしまったのです。出会い、心を通わせ、誓いを交わしました。
 聖さま、お願いがあります。今日、私たちに結婚を!」
聖「何ということなの、驚いた。あれほど恋した静を、そんなにも呆気なく忘れるとは。若い者の恋というものは、まこと心ではなくて、目に宿るのね。
 やれやれ、静さま、静さまといって、貴女はどれだけその蒼ざめた頬を涙でぬらしたことか。
 あの夥しい塩水も、みんな無駄な浪費であったのね、今となっては後味ひとつ残らない恋心に、無理に味を付けようという、ただそのためだけの。
 貴女のため息を、また太陽も空から吹き払ってはいないはず。
 ほら、貴女の頬には、まだ古い涙の痕が、まだ洗われていないままでしみついている。貴女の人間に変わりなく、しかもあの悲しみも、まこと貴女の悲しみだったとすれば、貴女も、貴女の悲しみも、みんな蟹名静のためだったはず。
 貴女という人間が変わったの?」
祐巳「でも、静さまを恋するといって、聖さまは度々私をお叱りになりました」
聖「溺れるなといっただけ」
祐巳「恋を葬れと……」
聖「古い恋を葬って、新しい恋を掘り起こせといっていないわ」
祐巳「どうかお許しを、お願いです。お互い愛し合っているのです。静さまとは違います」
聖「静は見抜いていたのね。貴女の恋心が、浮ついたものだと。
 いいわ、助けてあげてもいい。その理由は、ただひとつ。この結婚で両生徒会の恨みが、愛に変わるかもしれないから」
祐巳「では今すぐに。待てません!」
聖「分別を忘れないで、つまずくわよ」

次回……第2幕 第4場 銀杏並木

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