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『Sachiko&Yumi』
第2幕 第4場 銀杏並木

由乃「祐巳さんはどこ? 夕べは帰ったの?」
志摩子「家には帰っていないらしいわ」
由乃「ああ、血も涙もない静さまに苦しめられ、今にきっと気が狂ってしまうわ」
志摩子「令さまが手紙を寄こしたと」
由乃「挑戦状ね」
志摩子「祐巳さんは、受けて立つでしょうね」
由乃「手紙がくれば、誰だって受けるために立つわよ」
志摩子「そうじゃなくて、手紙の主に対して、受けて立つでしょうって言っているの。祐巳さんは、そういう子だもの」
由乃「哀れな祐巳さんは、もう死んだも同じ。女の瞳に刺され、恋歌に射抜かれ、キューピッドの矢で心臓をまっぷたつ……。
 これが、令ちゃんと太刀打ちできると思う?」
志摩子「そんなに令さまは強いの?」
由乃「猫のような身のこなし。格式張った戦い方は、まさに達人の技。まるで楽譜にそって歌うよう。間合い、距離、リズムも完璧。休止符だって決まってる。ワン、ツー、スリーで、お突きが一本とね。狙いをはずさぬ決闘者(デュエリスト)。
 決闘に命を駆ける伊達女……もっともな理由をかかげて挑んでくる。手練れの神業、真っ向突きに、燕返し! どうよ、一本」
志摩子「なに?」
乃梨子「祐巳さまが来ました」
志摩子「祐巳さんが来たわよ、祐巳さんが」
由乃「あの腑抜けた顔は何? まるで、はらわたを抜かれたニシンの干物のようね。
 どうしたの、祐巳さま。ボンジュール! 貴女のおフランス風の服に、おフランス語で挨拶よ。夕べは、よくも一杯食わせたわね?」
祐巳「ごきげんよう。でも、私が一杯食わせたとは一体何を?」
由乃「置いてきぼり、置いてきぼりよ。わからないの?」
祐巳「ごめん、大事な用があってね。そういう場合は礼儀を欠くこともあるわ」
由乃「大事な用があると、使いすぎた腰が曲がらなくなるものね」
祐巳「お辞儀ができないってことね?」
由乃「その通り」
祐巳「それはまた、面倒なご説明」
由乃「私は『礼儀の鏡』ですからね」
祐巳「それなら、かがみ込んで私の靴を見なさい!」
由乃「言ったわね! その調子で貴女の靴がすり減るまで、私の洒落についてきなさい。靴が減っても洒落は減らずに残る、って言うのはどう?」
祐巳「へったくそな洒落だけど、減らず口が羨ましいわ」
由乃「助けて、志摩子さん。私の知恵は気絶しそうよ」
祐巳「無知な頭に鞭を当てて! さもないと、勝負あったと言うわよ」
由乃「いやあ、まいった。駄洒落じゃ、貴女のいいカモだわ。それでいいカモンと言えば、私の方が、一枚上手でしょ?」
祐巳「二枚は上手だわ。貴女は三枚目だから」
由乃「ふざけないで。私を馬鹿にするとかみつくわよ。
 どう? 悩める祐巳さんは消え去った? やっと昔の祐巳さんに戻ったね。それでこそ友達の甲斐があるってものよ」
志摩子「誰か来たわ」
瞳子「これはこれは、皆さま、ごきげんよう」
由乃「これはこれは、お美しい妹君!」
瞳子「あらまあお世辞がお上手ですこと。ところで、皆さま、ちょっと物をお伺いしたいのですが、福沢祐巳さまはどこにいらっしゃいますのでしょうねえ?」
祐巳「福沢祐巳はこの私ですが」
瞳子「貴女、いらして」
由乃「女買いね! ヤリテだ、ヤリテだ!」
志摩子「教室へ帰りましょうか?」
由乃「ミルクホールにでも行こう。先に行ってて。
 さようなら、お嬢さん、お姫さん」
瞳子「はい、はい、さようなら!
 ところで、祐巳さま、さっきも申し上げました通り、是非ともあなた様を探して来いと、お姉さまのきついご命令でございます。
 何と申しましたか、それはまあ瞳子の胸ひとつに致しておきましてね、それより先に、よろしゅうございますか、もし、お姉さまをもてあそぶおつもりなら、許し難いことでございますよ。
 お姉さまは、まだお若いですわ。もし騙したりなさるなら、それは人の道に反する悪い行いです」
祐巳「祥子さまによろしく伝えて下さい。貴女の前に私は誓う……」
瞳子「よろしゅうございますとも、ちゃんとその通りお伝え致しますよ。まあ、どんなにお喜びでいらっしゃいますしょうかな」
祐巳「ちょっと、一体何を伝えようというのかしら? まだ何も言ってやしないじゃないの」
瞳子「あれまあ、祐巳さまがお誓いになると仰った、それでございますよ。さすがに歴とした先輩らしいお言葉だと存じましてね」
祐巳「いや、伝言はこうよ。
 午後、告解に出かけるよう伝えて下さい。聖さまのもとで罪を清めたのち、結婚を……」

次回……第2幕 第5場 薔薇の館

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