>>トップページへ >>Sachiko&Yumiトップへ

『Sachiko&Yumi』
第2幕 第5場 薔薇の館

祥子「瞳子ちゃんを使いに出したのは、時計が9時を打った頃。半時間もすれば帰ってくると、あんなに堅く言っていたのに。もしかして会えなかったのでは? いいえ、そんなはずはないわ。
 瞳子ちゃんの脚が悪いのよ。やはり愛の使いは、人の思いでなければ駄目、人の思いは、それは速い。険しい山々を、影を追い散らしては走りすぎる、日の光よりも十倍速いということだわ。
 だからこそ恋の女神の御車は、あの翼も軽い鳩がひき、疾風と競うキューピッド様も、ちゃんと翼をお持ちなのね。
 そういえば、もう日の神は、今日の旅路の頂上をきわめていられるのに、すでに3時間、だのに瞳子ちゃんは帰ってこない。
 もし瞳子ちゃんにも情けがあり、若い熱い血が流れていれば、それこそテニスの球のように、駆けて行ってくれるはず、私の言葉であの人のところへ飛んでいき、また私のところに。
 ああ、神さま! 瞳子ちゃんが帰ってきたわ!
 ねえ、瞳子ちゃん、どうでした?」
瞳子「私はもうすっかり疲れて……」
祥子「さあ、瞳子ちゃん。まあ、どうしてそんな浮かない顔をするの?
 たとえ悲しい知らせでも、せめて嬉しそうに話すものよ」
瞳子「ああ、体中の骨が痛みます。何しろ、駆け回ったので」
祥子「私の骨をあげるから、どうだったか話しなさい。ねえ、瞳子ちゃん、大好きな瞳子ちゃん、言いなさいったら」
瞳子「まあ、そんなに急かさないで。ちょっとお待ちになれませんの? 私は、もうすっかり息が切れて……」
祥子「そう言えるだけ、息をしているじゃないの。で、いい知らせ、悪い知らせ?」
瞳子「まあ、お嬢様としたことが、つまらないお姉さまをお選びになって……見る目がないんですよ。祐巳さま? あんな先輩は駄目です。
 そうですねえ。確かにお顔は誰よりも、美しいですよ。脚も誰よりも、素晴らしい。それに手も……体のどこも文句なし。
 そうそう、お姉さま、お昼食はおすみになりまして?」
祥子「いいえ、まだよ。だけど、そんなことならみんなわかってるじゃないの。
 結婚のことは何と仰ったの?」
瞳子「頭が痛い、割れそうで耐えられない……背中も腰も」
祥子「それはいけないわね、気分が悪いなんて。だけど、瞳子ちゃん、なんて仰ったの?」
瞳子「その祐巳さまの仰いますことったら、さすが立派な先輩でいらっしゃいますよ、礼儀正しく、親切で、それにお身持ちも大丈夫お堅くていらっしゃるに違いございませんわ。
 ところで、お母様は?」
祥子「お母様? あの方のことを聞いているのに『お母様は?』だなんて」
瞳子「そんなにのぼせ上がって。これからお使いは、ご自分でなさいまし!」
祥子「まあ、ずいぶんと大袈裟ね。お願い、祐巳は何と仰って?」
瞳子「今日、告解に行くお許しは?」
祥子「いただいたわ」
瞳子「では、シスター佐藤さまのところへ。そこで、妹となる方がお待ちです」

次回……第2幕 第6場 お聖堂

inserted by FC2 system