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『Sachiko&Yumi』
第3幕 第1場 マリア像前

志摩子「ねえ、由乃さん、帰りましょう。
 暑いし、山百合会の方たちも出歩いてます。見つかれば、またひと騒動よ。こう暑い日は、血も狂って騒ぎ出すわ」
由乃「山百合会は?」
乃梨子「いませんわ」
由乃「血が騒ぎ出すのはあなたの方でしょ? あなたって人は、きっと、居酒屋に入ったとたん、テーブルの上に剣を放り出して、何を言い出すかと思えば『こんなものに用はないわ』とね。でも、2杯目を飲む頃には、たちまち剣を抜くの」
志摩子「私がですか?」
由乃「リリアン女学園で一番熱しやすい女! むかっ腹を立てるのも一番よ!」
志摩子「何を相手に?」
由乃「相手なんてあるものですか、くだらない理由で、事あるごとに剣を抜くのよ。そのあなたが、私にご意見とはね」
志摩子「あなたには負けますわ。
 山百合会よ!」
由乃「構うものですか、ほっておきなさい」
令「君たちのひとりと、話がしたい」
由乃「ひとりと、一言だけ? 何か足りないわ。一言と、ひと騒動でしょ?」
令「いいとも、その機会を作るというなら」
由乃「自分で作ったらどうかしら?」
令「由乃、どうして貴女は祐巳とつるんでいるの!」
由乃「つるむ? その言い方は何よ! 私を馬鹿にするつもりなの、剣を抜きなさい! 恐怖で舞い上がらせてあげるわ!」
志摩子「ここはマリア像前よ。どこか場所を変えましょう! 人目があり過ぎます」
由乃「目は見るためにあるのよ。見たい人には見せてやりなさい」
令「貴女とはやらない。あいつが来た」
由乃「あいつですって、貴女との決闘は望むところよ!」
令「福沢祐巳! 憎しみを込めて言ってやる。貴女が大嫌いだ、だから、これしかお愛想は言えないんだが、卑怯未練の悪党だ、貴女は!」
祐巳「令さま、貴女を愛さなくてはなりません。だから腹が立っても、怒るわけにはいかないの。
 私は悪党ではないわ。ここで別れましょう、貴女は知らないの」
令「貴女から受けた数々の無礼は決して許さない! だから、向き直って、剣を抜け!」
祐巳「貴女に無礼をしたことなんてないわ。それどころか、貴女を愛しています。
 その理由は、いずれわかるわ。山百合会の名を私の名前と同じくらい、大切に思ってる。
 とって、この剣を」
由乃「情けない。何と不名誉で惨めな姿。
 なに、お突きぃと一本、話はそれでつくのよ。
 やい、令ちゃん、鼠取り、出るとこへ出るか?」
令「貴女はまた、私にどうしようというの?」
由乃「なに、猫の王様、猫また殿、手前の九つの生命の中、たった一つだ、頂戴したいという、ただそれだけよ。それを一つ、自由にさせてもらいたいけど、あとはそっちの出方次第、何なら残る八つも、ついできれいに叩きのめしてお目にかけても結構。
 ねえ、抜かないの、一つ抜く手も見せない鞘走りってとこを?
 早くしなさい、でないと、いいわね、抜かないうちに、こっちが一本、その手の方が見えなくなっちゃうわよ」
令「やるのね? じゃあ来なさい!」
祐巳「よして、やめて! 由乃さん!」
由乃「さあ、来た。お突きか、例の?」
祐巳「志摩子さん、貴女も抜いて。叩き落とすの、剣を。
 ねえ、二人とも、みっともない、乱暴はよしなさいよ!
 令さま、由乃さん、学園長からの厳命ではありませんか、リリアン女学園内で、喧嘩はしないって。
 よして、令さま! ねえ、由乃さんも!」
由乃「きゃあ」
志摩子「どうしたの、やられたの?」
由乃「ただのかすり傷よ。かすり傷……かすり傷よ」
祐巳「しっかりして。たいしたことないわ」
由乃「どうかしら、明日、会いに来て。私は墓で眠ってるから。
 それにしても、なぜまた貴女も分けになんて入ってきたの? 私は、貴女の腕のしたからやられたのよ」
祐巳「止めるべきだと思ったの」
由乃「呪われろ、両生徒会とも無くなっちゃえ! 私は虫のエサだわ。両生徒会とも呪われるがいい!」
祐巳「由乃さん!
 あの人は、同じ生徒会でもあり、また私にはとっておきの親友だった。それが、私のために……。」
志摩子「由乃さんは、死んだわ……あの勇敢な魂は、雲の上……」
祐巳「私のせいだ……ああ、祥子さま。その美しさが、私の勇気を鈍らせたのね!」
志摩子「ねえ、令さまが来たわ」
祐巳「燃えさかる憤怒の心よ、私を導いていけ!
 さあ、令さま、さっき貴女がくれた悪党呼ばわりは、今こそ貴女に返してやる!
 由乃の魂は、まだ地上で道連れを待っている!
 道連れは貴女か、私か、それとも2人ともか!」
令「お前が、地獄へついて行くがいい!」
祐巳「それを決めるのが、この剣だ!」
志摩子「祐巳さん、逃げて、早く!
 騒ぎ出したわ、学校が。令さまは死んだ。
 ぼんやりしていちゃ駄目。もし捕まったら、判決は死刑に決まっているわ。早く、さ、逃げてったら!」
祐巳「ああ、私は運命の慰みもの!」
乃梨子「祐巳さま! 逃げて下さい! さあ、早く! 祐巳さま!」

学園長「争いを始めたのは、誰?
 藤堂志摩子さん、いったい、誰が始めたの?」
志摩子「ここに死んでおります令さま、祐巳さんに殺された令さまでございます。
 祐巳さんは争うなと言いましたが、令さまは、耳を貸しませんでした。それどころか、抜き身をさげて、これも血気の由乃さんの胸元めがけて突きかかったのです。
 そうなれば、由乃さんとて負けてはいません。勢い激しく斬り結んで、何を小癪なとばかり、片手は相手の氷の刃をサッと払う、残る片手では、すかさず相手に応戦する、という有様。それをまた、令さまもさるものです。早速斬って返す、その時でした。祐巳さんは一声、高く、『まって、2人とも! 別れなさい!』と叫ぶなり、声より早く、彼女の手練れは、たちまち2人の得物を叩き落とし、2人が中に割って入りました。ところが、その腕の下から、令さま恨みの一太刀が、由乃さんに致命の一突きを与えたのです。そこで、一旦、令さまは逃げましたが、また帰ってきますと、今度は祐巳さんも復讐の念で一杯。たちまち稲妻のような斬り合いが始まってしまいます。何しろ私としても、剣を抜いて、引き分ける暇もないくらい、さすがの頑強な令さまも、みるまに斬り倒されるし、と見ると、たちまち祐巳さんも、踵を返して逃げてしまいました。
 これが真相、もし偽りがありましたら、生命を召されても結構であります」
江利子「嘘です! その女はひめゆり会! 身贔屓からして事を曲げ、決して本当のことを申しておりません。公正な裁きを! 学園長、お願いです!
 令を殺した祐巳に、死の償いを!」
学園長「支倉令は、島津由乃を殺した。その罪は誰が償うのです?」
三奈子「祐巳ではありません、学園長。彼女は由乃の親友でした。殺したのは誤りですが、いわば国法によって絶つべきものである、つまり、支倉令の生命を絶ったにすぎません」
学園長「その罪ゆえ、学園から追放する。嘆願も弁明も聞きません! 涙も祈りも、犯した罪をあがなうことはできません!
 福沢祐巳を即刻、この学園から追放しなさい! 姿を現したら、見つけしだい命はないと思いなさい。福沢祐巳を追放処分とします!」

次回……第3幕 第2場 薔薇の館

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