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『Sachiko&Yumi』
第3幕 第2場 薔薇の館

祥子「来て、優しい夜よ、黒い顔をした愛の夜。その闇で祐巳を隠して、私の元へ連れてきて。私が死んだら返してあげるから。彼を刻んで小さな星にして……そうすれば、祐巳は、夜空を美しく飾り、地上の人々は夜を愛し、灼熱の太陽など崇拝しない。わたしは恋の館手に入れたというのに、まだ住んでいない。この身もまだ清いまま。ああ、待ちきれないわ、祭りの前夜、新しい服を縫ってもらったのに、着せてもらえない子供のよう……。 あ、瞳子ちゃんだわ。何か便りがあるに違いない。ただ祐巳の名前だけでいい、口にしてくれることは、わたしにとっては、素晴らしい天使の訪れも同然だわ。
 ねえ、瞳子ちゃん、どうしたの? 何がそんなに悲しいの?」
瞳子「もうなにもかも、何もかもお仕舞いです、お姉さま。
 ああ、悲しい……死んだのです。あの人が!」
祥子「まさかそんなことが? ああ、神さまもあんまりだわ」
瞳子「ひどいのは祐巳さま! 神さまではありません!」
祥子「祐巳が自殺したとでも言うの? はっきり言って。その一言でわたしの運命も決まるわ」
瞳子「わたしはあの傷口を見ました。血塗れで……思い出しても恐ろしい」
祥子「ああ、わたしの胸が張り裂けたら、祐巳と一緒に一つの棺に納めて!」
瞳子「ああ、令さま、令さま、誰よりも優しかった令さま! お人柄で、親切で、立派な"紳士"の令さま! 生きてあなたの死に目に遭うなんて!」
祥子「何ですって? まるで嵐のようだわ。祐巳が殺されて、ついに令も亡くなったっていうの? あの大好きな白薔薇さまの令と、もっと大事な祐巳とが?」
瞳子「令さまを殺した祐巳さまは、追放処分です」
祥子「じゃ、令は祐巳の手にかかって?」
瞳子「そうです」
祥子「ああ、神さま、蛇の心が花の顔に潜んでいるなんて……美しい暴君、天使のような悪魔、鳩の羽を持つ鴉、狼の残忍さを持つ子羊、美しい装丁の書き物も、内容は汚らわしいものなの? きらびやかな宮殿に偽りが宿っているなんて……」
瞳子「信用も、正直も、あったものではありません。誰もみんな嘘を誓う、誓言は破る、心を歌った、大嘘つきばかりでばかりです。
 本当にまあ忌々しい、恥っかきのあの祐巳さまが!」
祥子「よくも、そんなことを言って、祐巳に限って、恥などかくはずがないわ。
 ああ、それにしても、祐巳のことを悪し様に言うなんて、わたしこそ何という人でなしなのでしょう!」
瞳子「では、お姉さまは、お身内を殺したあの女をお褒めになるのですか?」
祥子「だって、わたしには妹の祐巳、それをわたしが悪くなど言っていいの?
 ああ、悪かったわ、人もあろうに、よし3時間にもせよ、姉だったこのわたしが、散々名前を傷だらけにしてしまって、誰が元通りにしてくれようって言うの?
 でも、なぜ令を殺したりなどなすったの? ああ、でもそうでなければ、あなたの方が殺されていたかもしれないんでしたわね。
 あの令が殺そうとした、わたしの祐巳はいきていて、わたしの祐巳を殺そうとした、令の方が死んだんじゃないの。
 ただそれだけでお仕舞いだって、悲しいことは十分なのに、不幸というものは道連れが好きなのね。どうあっても、ほかの悲しみと一緒に来ようというのかしら。令が死んだという言葉の最後に、『祐巳は追放処分』というのでは、それはもうお父様も、お母様も、令も、祐巳も、祥子も、みんな殺されて、死んでしまったも同然よ。
 その一言の恐ろしい力には、果てもなければ、限もない、量りもなければ、境もないことよ。それはもう言葉もないほどの悲しみ!
 ねえ、瞳子ちゃん、蓉子さまや江利子さまはどこにいらっしゃるの?」
瞳子「令さまの亡骸を前に、泣いてばかりいらっしゃいます。いらっしゃいます、お姉さまも? 瞳子がご案内いたしましょう」
祥子「涙で、傷口を洗っておやりになるがいいわ。わたしの涙は、お二人の涙が涸れ尽きておしまいになってから、祐巳の追放のために、思う存分に流すつもりだわ」
瞳子「早くお屋敷へお帰りなさいませ。祐巳さまは、瞳子がお探しいたしまして、きっとお喜ばせいたしましょう。おいでの場所は、ちゃんと承知しておりますから。さ、お姉さま、祐巳さまは今夜必ずお越しになります。
 では、行って参ります。シスター佐藤様庵室に隠れておいでなんですよ」
祥子「ああ、それじゃあ早くお目にかかって! このロザリオを、わたしの恋人、祐巳にね。
 そして、最後のお別れですもの、きっとお出になってと、そう言って」

次回……第3幕 第3場 シスター佐藤の庵室

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