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『Sachiko&Yumi』
第3幕 第3場 シスター佐藤の庵室

聖「祐巳ちゃん、出て来なさい。おどおどすることはないわ、出て来て」
祐巳「何か便りはありましたが? 学園長の宣言はどうなりました?
 まだこの上、何か私の知らない悲しみが、私に近づきを知己を求めようと言うのでしょうか?」
聖「可哀想に、もうたくさんよ、ああした悲しい交際に、貴女はあんまり深入りしすぎたの。
 学園長の宣言は、聞いてきてあげたよ」
祐巳「どうせ、死罪なんですよね」
聖「ところが、学園長の口から出たのは、ずっと寛大な宣言、ただの追放処分」
祐巳「追放? 死と言って下さい。このリリアンを一歩踏み出れば、そこは煉獄、責め苦、、地獄そのものです。追放の方が死よりも恐ろしいわ。追放と言わないで下さい」
聖「追放というのは、リリアン学園からだけなのよ。我慢しなさい。そとの学校だって悪くないわ」
祐巳「いえ、リリアン女学園の外に世界はありません。ここから追放されることは、世界から追放されることであり、つまりは死ぬのと一緒だわ。死を追放と呼ぶことで、私の首を笑いながら、打ち落とすのですね」
聖「罪深いことをいいなさんな。祐巳ちゃんの罪は、法に照らせば死刑も同然、それを追放に変えて下さった御慈悲が分からない?」
祐巳「御慈悲なのではありません。祥子さまといるこの学園。ここにいれば、あの美しい祥子さまの白い手に触れ、その唇から永遠の祝福を盗むことができる……それが私には許されない。犬も、猫も、小鼠も、ハエも、どんな取るに足らない生物でも、みんな、祥子さまのあの顔を仰ぐことができるというのに……。
 ハエにさえ許される幸福を、私は捨てなくてはなりません。ハエがかえって自由に身で。私は追放の囚人なのです。
 それでも、聖さまは追放が死罪ではないとおっしゃるのですか?」
聖「バカなことを言わないで。もう少し私の言うことを聞きなさい」
祐巳「聖さまのことですから、いずれまた追放の話でしょう」
聖「いや、その言葉を払いのける鎧を祐巳ちゃんにあげるわ。哲学という名のね。きっと心の慰めになる、たとえ身は追放の中にあっても」
祐巳「そらまた、追放でしょ? 哲学で祥子さまに会えるとでも言うの? 学園長の宣言が覆るとでも? もう何も言わないで下さい」
聖「やれやれ、では一つ、祐巳ちゃんの今の立場、それについて話し合ってみましょ」
祐巳「直接感じていないことを、あなたにそんなことができるものですか。聖さまが私のように祥子さまという恋人がいて、しかも結婚したばかりというのに、令さまが殺され、これも私同様、恋に酔いしれた身を、追放ということになってご覧なさい。その時こそ、聖さまも口を利く資格がありましょう。今の私のように、髪の毛をかきむしったり、早手回しの墓穴じゃありませんが、長々と地面に倒れてのびるなどということも、しれませんでしょうからね」
聖「さ、立って! 誰かがドアを叩いているわ。祐巳ちゃん、さ、隠れて」
瞳子「ちょっと開けて下さいませ。すれば用向きは申し上げます。
 祐巳さまは?」
聖「ともかくお入りなさい」
瞳子「祐巳さまはどこにいらっしゃいます?」
聖「それ、そこに。我と我が涙に酔いしれてね」
瞳子「ああ、祐巳さま。そんなに嘆かれなくても……死んでは元も子もありません」
祐巳「祥子さまは? どこでどうしています? 引き裂かれた愛を何と?」
瞳子「何も言わず、ただ、泣いているだけ。祐巳の名前を呼んで、ベッドに泣き伏すかと思えば、怯えたように立ち上がり、令さまの名前を呼んでは、また身を投げ出して……」
祐巳「祐巳の名が銃弾の如く、彼女を撃ち殺したのね。令さまを殺したように……聖さま、教えて下さい。この体のどこに、その名が住んでいるのでしょうか? 憎むべきその住みかを、この手でひと思いに……」
聖「しっかりしなさい、だらしない。
 祥子が無事なのを喜びなさい。あなたが令に殺されなかったのを喜びなさい。死刑宣言となるところを追放で済んだのよ、そのことを喜びなさい。幸運が重なったのに、なぜ生や天や地を呪うのよ? あなたは生と天と地の創造物なのに」
瞳子「何と有り難いシスターのお諭し……。お姉さまからは、このロザリオをあなたにと」
祐巳「『我、汝を愛す』……誓いのロザリオ」
聖「急いで行きなさい、祥子のもとへ。部屋へ上がり、慰めてあげなさい。
 朝の警備が立つ前に去り、小寓寺へ向かいなさい。私は、この結婚を公表し、両生徒会の和解を図り、学園長の許しを請い、あなたを呼び戻してあげる。
 必ず、大いなる喜びで帰れるわ。
 行きなさい! 必ず夜明け前に発つのよ。小寓寺へ」
祐巳「さようなら」

次回……第3幕 第4場 小笠原家の一室

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