瞳子「お姉さま! もし、お姉さま! 祥子さま! まあ、良くおやすみだこと。
子羊さん、お姉さま! お寝坊さん! 花嫁さん! おや、ひと言もお答えなし?
ではお眠りなさい、一週間分も。どうせ今夜からは柏木さまが、そう簡単にはやすませてくれませんよ。
ほんとにまあ、なんてぐっすり! 起こさなくては……。柏木さまが、もうお見えですよ。
お姉さま、お姉さま!?
ああ、誰か、助けて! お姉さまが死んでいる!」
江利子「なんですの、この騒ぎは?」
瞳子「ああ、何という悲しいことが!」
江利子「どうしたの?」
瞳子「あああ、なんてことに! あれを、あれを!」
江利子「祥子……祥子!
ああ、これは! 生き返って、目を開けて! 誰か!」
蓉子「どうした? 花婿がお待ちよ。祥子、支度はまだか?」
江利子「死んで……亡くなってしまったのです……ああ!」
蓉子「何ですって!
なんということ! すでに手足もこわばっている。
この唇からは、もうとっくに生命は離れてしまったと見えるわ」
瞳子「ひどい! 私も生きていけない!」
江利子「ああ、情けない!」
蓉子「娘を奪った死神め、こんなにも悲しい目にあわせておきながら、あまつさえ舌まで縛って、私に口も利かせないつもりか」
聖「さあ、花嫁殿、教会行きの支度は整いましたかしら?」
蓉子「それが、かどでの支度は整いましたが、ただもう二度と帰らぬ旅路なのです。
婿殿、時もある晴れの婚礼のその前夜、あなたの花嫁の添臥を、死神がつとめてしまいました。
あの通り、花の姿をそのままに、死神の手に摘まれてしまったのです」
柏木「私はまた今朝の訪れを、あんなに待ちわびましたのに、今、目の当たり見るものは、何とこんな有様なのでしょうか?」
蓉子「何という呪わしい、惨めな、不幸な、憎たらしい今日という日だわ!
限りない時の廻りの中にあってさえ、これはまたあまりに悲しい一時!
可哀想に、たった一人きりの愛しいあの娘、喜びにも、慰めにも、たった一粒種であったあの娘、それを、あの酷たらしい死神の手が、永久に見えぬ世界へと引き攫ってしまいました!」
柏木「おお、恋人よ! 生命よ! いや、生命ではない、死につかまれた愛しい人!」
蓉子「情けを知らない今日のこの日よ! 一体なに理由があって、この晴れの祝いの日を台無しにしようと?
ああ、祥子、祥子! お前はこの通り死んでしまった。ああ、祥子は死んだ!
そして、祥子と一緒に、私の喜びも埋もれてしまったのです!」
聖「なんです、まあ、まあ、静かに! いくらそのように騒いだとて、騒ぎの原因が生き返るわけではないわ。そもそも、この美しい娘は、天とあなたとの、いわば共有物であったのです。それが今すっかり天の持ち物になっただけのこと、娘にはかえってお幸せというくらい。
長い結婚生活を送る女が、まこと幸福な結婚とは決して申されぬ。
結婚して若く死ぬ女、この方がかえって最上の結婚というもの。
さあ、涙を拭いて、この美しい亡骸に、マンネンロワの花をお飾りなさい。そして、慣習通り、ドレスを着せて、教会へお送りになるのがよろしいわ」
蓉子「祝いの席にと言いつけておいた一切の手筈は、そのまま不吉な弔いの支度に変えてしまうがいい。
祝いの音楽は、寂しい弔いの鐘の音に、そして婚礼の食卓は、そのまま悲しい弔いの宴に変えるいい。
厳かな賛美歌は、湿っぽい悲しみの歌に変え、そして新床を飾る花はすべて、遺骸を葬る花に使え。
何もかもがみんな、逆様になってしまうのです」
聖「さあ、奥へとお入りなさい。江利子もご一緒にね。それから、柏木殿、あなたも行かれるがよいわ。
さあ、みんな、この美しい野辺送りの支度をなされるがよい。
いずれは何かの科あっての、神の怒りに相違ないのです。
この上天意に逆らって、またしても怒りを招かれぬがよろしい」
次回……第5幕 第1場 小寓寺、境内