>>トップページへ >>Sachiko&Yumiトップへ

『Sachiko&Yumi』
第4幕 第5場 祥子の部屋

瞳子「お姉さま! もし、お姉さま! 祥子さま! まあ、良くおやすみだこと。
 子羊さん、お姉さま! お寝坊さん! 花嫁さん! おや、ひと言もお答えなし?
 ではお眠りなさい、一週間分も。どうせ今夜からは柏木さまが、そう簡単にはやすませてくれませんよ。
 ほんとにまあ、なんてぐっすり! 起こさなくては……。柏木さまが、もうお見えですよ。
 お姉さま、お姉さま!?
 ああ、誰か、助けて! お姉さまが死んでいる!」
江利子「なんですの、この騒ぎは?」
瞳子「ああ、何という悲しいことが!」
江利子「どうしたの?」
瞳子「あああ、なんてことに! あれを、あれを!」
江利子「祥子……祥子!
 ああ、これは! 生き返って、目を開けて! 誰か!」
蓉子「どうした? 花婿がお待ちよ。祥子、支度はまだか?」
江利子「死んで……亡くなってしまったのです……ああ!」
蓉子「何ですって!
 なんということ! すでに手足もこわばっている。
 この唇からは、もうとっくに生命は離れてしまったと見えるわ」
瞳子「ひどい! 私も生きていけない!」
江利子「ああ、情けない!」
蓉子「娘を奪った死神め、こんなにも悲しい目にあわせておきながら、あまつさえ舌まで縛って、私に口も利かせないつもりか」

聖「さあ、花嫁殿、教会行きの支度は整いましたかしら?」
蓉子「それが、かどでの支度は整いましたが、ただもう二度と帰らぬ旅路なのです。
 婿殿、時もある晴れの婚礼のその前夜、あなたの花嫁の添臥を、死神がつとめてしまいました。
 あの通り、花の姿をそのままに、死神の手に摘まれてしまったのです」
柏木「私はまた今朝の訪れを、あんなに待ちわびましたのに、今、目の当たり見るものは、何とこんな有様なのでしょうか?」
蓉子「何という呪わしい、惨めな、不幸な、憎たらしい今日という日だわ!
 限りない時の廻りの中にあってさえ、これはまたあまりに悲しい一時!
 可哀想に、たった一人きりの愛しいあの娘、喜びにも、慰めにも、たった一粒種であったあの娘、それを、あの酷たらしい死神の手が、永久に見えぬ世界へと引き攫ってしまいました!」
柏木「おお、恋人よ! 生命よ! いや、生命ではない、死につかまれた愛しい人!」
蓉子「情けを知らない今日のこの日よ! 一体なに理由があって、この晴れの祝いの日を台無しにしようと?
 ああ、祥子、祥子! お前はこの通り死んでしまった。ああ、祥子は死んだ!
 そして、祥子と一緒に、私の喜びも埋もれてしまったのです!」
聖「なんです、まあ、まあ、静かに! いくらそのように騒いだとて、騒ぎの原因が生き返るわけではないわ。そもそも、この美しい娘は、天とあなたとの、いわば共有物であったのです。それが今すっかり天の持ち物になっただけのこと、娘にはかえってお幸せというくらい。
 長い結婚生活を送る女が、まこと幸福な結婚とは決して申されぬ。
 結婚して若く死ぬ女、この方がかえって最上の結婚というもの。
 さあ、涙を拭いて、この美しい亡骸に、マンネンロワの花をお飾りなさい。そして、慣習通り、ドレスを着せて、教会へお送りになるのがよろしいわ」
蓉子「祝いの席にと言いつけておいた一切の手筈は、そのまま不吉な弔いの支度に変えてしまうがいい。
 祝いの音楽は、寂しい弔いの鐘の音に、そして婚礼の食卓は、そのまま悲しい弔いの宴に変えるいい。
 厳かな賛美歌は、湿っぽい悲しみの歌に変え、そして新床を飾る花はすべて、遺骸を葬る花に使え。
 何もかもがみんな、逆様になってしまうのです」
聖「さあ、奥へとお入りなさい。江利子もご一緒にね。それから、柏木殿、あなたも行かれるがよいわ。
 さあ、みんな、この美しい野辺送りの支度をなされるがよい。
 いずれは何かの科あっての、神の怒りに相違ないのです。
 この上天意に逆らって、またしても怒りを招かれぬがよろしい」

次回……第5幕 第1場 小寓寺、境内

inserted by FC2 system