>>トップページへ >>Sachiko&Yumiトップへ

『Sachiko&Yumi』
第5幕 第1場 小寓寺、境内

祐巳「今日不思議な夢を見て、一日中、足が大地につかないわ。
 祥子さまが来ると私は死んでいる。でも、口づけで生き返り、王となって甦る……ああ、この恋が我がものとなれば、どんなに嬉しいでしょう。
 恋の幻だけでも、その喜びはこんなに豊かなのに……。
 知らせだわ! 乃梨子! 聖さまの手紙を持ってきてくれたの?
 祥子さまは? 父は元気? 祥子さまさえ無事なら何の心配もないわ」
乃梨子「ご無事と言うべきなのでしょうか……遺体は教会に安置され、魂は天使とともに……亡くなったのです。
 悪い知らせで、お許しを……」
祐巳「本当なの?」
乃梨子「この目で見てきました」
祐巳「何ということなの! 運命の星よ! 祥子さま! 祥子さま!」
乃梨子「祐巳さま、お願いです、短気を起こしなりませぬように」
祐巳「今夜、学園へ戻るわ」
乃梨子「ご辛抱を! 見つかったらただでは済みません!」
祐巳「どきなさい!」
乃梨子「何か恐ろしいことが……」
祐巳「あなたの思い過ごしよ。聖さまからの手紙はないの?」
乃梨子「はい、ございません」
祐巳「いいわ。私もすぐ行くから。祥子さま、今夜、あなたの隣に眠る。
 ただその方法ね。そういえば思い出したわ、あの薬屋、確かこの辺りに住んでいたはず。
 もし仮に今毒薬の必要が生じた場合には、この薬屋が売ってくれるに違いないわ。
 ああ、今にして思えば、今この必要の先触れでもあったのね!
 とにかくなんとしても、あの薬屋に売らせないとならないわ。
 ええと、確かこの家だった。
 休みと見えて、店が閉まってるわね。
 すみません、薬屋!」
薬屋「誰だね、そんな大きな声で?」
祐巳「効き目の早い毒薬が欲しいわ。たちまち全身にまわり、一瞬で死ねるものを」
薬屋「あるにはあるが、この町の法律で売れば死刑になる」
祐巳「この世は敵よ、法律も味方ではないわ。お前を金持ちにするような法律はないわ。
 金に困っているのでしょう?
 さあ、貧乏を捨てて、これを受け取りなさい。たっぷり払うわ」
薬屋「毒薬の代金としては、受け取れない」
祐巳「貧しいお前への恵みと思え!」
薬屋「では、こいつを一滴残らず飲み干しなさい。どんな怪力男もたちどころにあの世行きです」
祐巳「さあ、お金よ。人の心には、毒薬よりも恐ろしい猛毒。
 この世では、あなたが売り渋る毒薬よりもはるかに多くの人の心を蝕む。毒を売るのは私の方だわ」

次回……第5幕 第2場 シスター佐藤の庵室

inserted by FC2 system